郡上八幡へ

亀尾島川の合流地点にて

午前四時半に起こしてもらう。起きなければ、と気を使いながら1時間寝るのに比べ、起こしてもらえるという安心感からか、短時間だったが熟睡できた。イトー&かじこThanks!
研究室に戻って準備を進める。でも、睡眠不足でかつアルコールの抜け切らない体を起こして準備をするのは辛いものがあった。五時を過ぎて、研究室を出て、重いザックを背負い、重いカヌーを引き摺って駅へと向かう。地下鉄の乗り換えはなかなか辛い。東京駅に着き、切符を買って並び、無事新幹線に乗り込み、名古屋を目指す。新幹線の中では熟睡した。
名古屋から特急ワイドビュー飛騨1号に乗り、美濃太田で乗り換え。長良川鉄道は一両編成の素晴らしく可愛い汽車。駅も素朴で、いい雰囲気だった。旅のボルテージが急に増していく。
やがて長良川の流れが見えてくる。澄んだ流れだ。透明感が先週の犀川とはまた一味違っている。友釣りをする釣り人が川に立ち並ぶ。ラフティングボートも見えた。地図と照らし合わせながら、瀬をチェックし、地図に書き込んでいく。今回のゴール地点は、半在駅付近の勝原橋を予定しているが、その下流部分もいくつか書き込んでおいた。11時を過ぎてやがて汽車は郡上八幡駅に到着。とてもいい天気。暑くて少し歩くと汗が噴き出す。

郡上八幡にて

郡上八幡には昔から憧れがあった。野田知佑のエッセイにも登場したし、あとNHKの番組等でもたまに放映されて、その川と接した人々の暮らしに強く憧れを抱いてきた。駅を出て、カヌーの出発点となる吉田川との合流地点に行き、テントを張り、荷物を中に詰め込んで、身軽になって街へ出掛ける。地元のおばさんにスーパーの位置を聞き、そちらに歩いていく。
吉田川沿いに流れる用水路には鮎が十匹程群れになり泳いでいる。川もこげ茶色のケイ藻が生え、流れる水は美しく、いい感じだ。街中を歩くが、ちょっと観光慣れしている雰囲気も否めない。ただそれでも街の中を流れる用水路で鯉を飼っていたりと、街には水が溢れ、水の街の情緒を醸し出してはいる。宗祇水という、日本百名水の一つであるらしい湧き水で喉を潤す。
吉田川にかかる橋から川を眺める。子供たちがよく橋から飛び込む構図があるが、その橋の上にも行く。高さ12m。よくそんなに高いところから、というニュアンスで言われるが、実際に覗いてみて大したことないことに気がつく。飛び込んだ先の水深も深いし。今の自分なら何の躊躇もなく飛び込める高さだなと思った。もっとも、小学生のときにそう感じるかと言われれば、そんなことはないと答えるけど。川を見ていると泳ぎたくてうずうずしてきた。街中への興味は薄れ、早く川で遊びたいという衝動に駆られ始める。
郡上八幡の地酒の他、数点御土産を買い、街中のスーパーで食料、飲料を買い込む。街中の古びた薬局で日焼け止めを買ったが、なかなか品数の薄い店で、店のお婆さんもよろめきがちで少々不安になる。東京の他、ギラギラとしたドラッグストアーを見慣れた目からは、それはある意味新鮮でもあった。川原に戻って、飯を食べた後、カヌーを膨らませて出発の準備を始める。

長良川出発

きつい日差しだ。出発の準備なんて大した運動ではないのにへとへとになる。予定では今日はこの川原にキャンプするつもりだったのだけど、天気予報は明日は曇りということだったので、今日晴れているうちに少しだけ進んで晴れた川を堪能しようと考えた。暑さにあえぎながら準備を進め、二時半を過ぎてようやく出発。澄んだ流れに心が躍る。
が、そんなに甘くはなかった。釣り人が多数いる瀬の中を、釣り人に気を使いながら下っていくが、そのため、ベストなコースが取れない。大きな石に引っかかり、流れの中でカヌーが横向きになる。ずりずりと動かしながら何とか抜ける。すぐに詰まる。何とか抜け出す。最初の瀬から結構神経を消耗させた。
しかし、長良川を下った上で改めて感じたことだが、長良川の石は基本的に丸くてつるつるしている。川の流れに磨耗されて角が取れているということか。河川工事があると、角張った石がその周辺に多数見受けられるのだけど、この川はそんなことはなかった。そういう意味では、石に引っかかることに関して、カヌーへのダメージという観点から見て、心配のない川だった。
次々と瀬が現れ、そして随所で引っかかっていく。流れの中で石と石に挟まると、思いのほか激しい流れでひっくり返りそうになりヒヤリとする。今回持参したガイドブックを見て、今下っているところに関して何も記述がないため、記述のあるところに関して、どんどん不安だけは降り積もっていった。
深い淵が多く、それでも底がよく見える。目を凝らすとたくさんの魚が泳いでいて、深い淵の底から突き出る岩の肌の表面を泳ぐ魚の透明さ。三重県の銚子川程魚に溢れているわけではないけど、その深さと透明感にしみじみと心が癒された。こんな川がまだ残っているなんて。日本の川を下るときは、よくため息が出るけど、そうしたものをあまり感じることなく進める川だった。
さて、瀬で何箇所も引っかかりヒヤリとし、日が傾いてきたことから、深い淵がどんよりとし始め、その透明感ゆえに、底が見えないときに余計に感じる不気味さと相まって、ちょっと緊張してきていた。法伝橋のところに一ヶ所激しい瀬がある。手前でカヌーを停めて偵察。白く泡立つ流れ、最後の落ち込みは石に引っかかりそうで、コース取りを慎重に考えていった。釣り人に声をかけ、カヌーが通過することを告げた後、突入。頭から水を被りながらも、うまく波を切りかわして、漕ぎ抜け、下の淵に至る。ふぅ。そこからちょっと行った先にもう一段軽く落ち込み、左の流れは正面の岩に当たる。しかし、右側の流れは釣り人がいたので、遠慮して、左側に向かう。流れの速さからしても、まあうまく漕ぎ抜けられるだろうと考えていた。
ところが思いのほか流れは速かった。岩にぶつからないように右に向かって必死で漕ぐが、そのまま吸い寄せられていく。近づいてその岩が水中がえぐれているアンダーカットロックと言われる岩であることに気がつく。普通の岩で、大きなものだとだと、例えば川の真ん中で余程真っ直ぐにぶち当たったりしない限り、岩の手前で発生する流れに押し戻されたりするため、張り付いたりすることはあまりなく、ましてや岸から連なる岩とあっては、波に押し返され、どちらかには向かい、大抵は大丈夫だ。でも、アンダーカットロックの場合は、押し返す波はほとんどなくて、しかも、水中に引きずり込まれる。
さっと血の気がひいて、必死で漕いだが時既に遅し。左側が岩に張り付いたと思ったら、そのままカヌーが水中に引きずり込まれていく。パドルを岩に押し付け何とか支えようとしたが、流れが強くてとても無理。スローモーションで吸い込まれていく恐怖感。カヌーの左半分が引きずり込まれたところで体を思いっきり右に倒し、カヌーをひっくり返した。その反動でまず自分が流れからうまく抜け出せて、ついでに浮力を得たカヌーを下流から引っ張るとすぽっと抜けてくれた。その先の流れはあるが深い淵を泳ぎながらカヌーをひっくり返し直し、自分も這いずり上がって乗り込む。やれやれ。一部始終を見ていた釣師のおじさんは、ジェスチャーでその岩がアンダーカットロックであることを示していた。
今日のサイト地は亀尾島川の合流地点(相生駅のすぐ近く)と決めていたので、先ほどのひっくり返った地点のすぐ下流で上陸。砂が多いけど、なかなかいいサイト地だ。視界には釣り人が三名ほど。目の前の深い淵、そして亀尾島川の流れ込みのところで、水中眼鏡をつけて泳ぐ。魚多数。鮎、ウグイ、ハヤの他、ニゴイもいた。久々だなぁ、雑魚が溢れる川。激しい流れでも、深く潜ると水流は弱まる。息をたっぷり吸い込んで、深く潜って岩にへばりつき、健気に泳ぐ魚と、きらめく水面を眺める。幸せなひととき。さっきはちょっと怖くなってビビッてしまっていたが、泳ぐとその恐怖心は薄れていった。いい川に来たなと思う。
テントを張り、薪を集めた。やがて日も暮れ始める。今夜のメニューはカレーだ!たき火をして、その傍らで、まずはビールで乾杯!それからもりもりとカレーを食べる。美味しい。ソーセージを焼いて食べる。平和なひととき。
持ってきていたウィスキーの半分を旅の安全を祈って、川の神様に捧げる。明日は緊張の一日になりそうだ。今日の教訓は、釣り人に対してマナーは守るが、本当にやばそうなときは無視してベストなルートを選ぶこと。釣り人は人によっては文句を言うだろうが、イワナ釣りをするわけではなく、カヌーが流れたぐらいで影響は小さいのだから。ただ、今回の旅を通して、釣り人から文句を言われたのは2回だけだった。
夜空に星が輝く。空に還っていく炎。気がつくとたき火のそばでうとうとしていた。起きて、テントに入り、シュラフに包まって寝た。