苦手なモノ

318B室で一人黙々と作業をしていたら、突然、加賀谷先生が現れる。顔には、お願いがあるんだけど・・・とはっきりと書いてあった。「奥田、お願いがある」そう言われ、図書館でジャーナルを借りてきてくれないか、いつも通りのそんなことかと思い、図書館ですか?と聞くが、違うという。
何だろう?
部屋に付いてきて欲しいようなので、冷蔵庫の牛乳が欲しいだとか、そんなことなのかと考える。牛乳とかですか?と聞くと、違うという。
何だろう?
何か重い荷物があって、それを運ぶのか?そんなことを考える。その旨を伝えるが、違うという。
何だろう?
そうか、きっと先生はMacユーザーだったからWindowsのことがよくわからないのか、それで何か聞きたいのだな、そんなことを考えながら、部屋までついて行った。
先生の机の前まで行き、これなんだけど・・・・と机の下を指す。指差された先を見ると、そこには大きなゴキブリが一匹、ふてぶてしく堂々といた。触角がピクピク動いている。加賀谷先生はゴキブリが大の苦手だったのだ!水生昆虫をこよなく愛する加賀谷先生も、虫博愛主義ではないようだ。どうしても苦手なモノ、それは誰にでもある。でも、加賀谷先生がそこまでゴキブリが苦手だというのは面白かった。
僕もゴキブリが苦手でないはずはない。やっぱり気持ち悪い。好きなはずがない。追い詰めたゴキブリが突然飛び立つのは恐怖そのもの。が、一番気持ち悪かったのは・・・大学一年の時に自転車旅行で宮崎県南部の日南市にテントで泊まったときのことだ。その日は延岡を出て、雨降る中、頑張って進み、日が暮れるまでペダルを漕ぎ続け、日南市の中心部を過ぎた先の浜辺にテントを張ったのだった。寝ていて、胸元、首筋に何かがいる・・・・少し寝苦しい夜だった。何度か、喉元をうごめくモノを、感じていたが、夢の中にいた。が、突然、目が覚め、手で触ったときの感覚で即座に気が付き、悲鳴に似た叫び声。振り払ったゴキブリは、荷物を散らかしたテント内を歩き回り、大パニック!バリケードを築いて少しずつ入り口に追い詰めるのだけど、何せ素早いから、テントの外に追い出すのに一苦労した。あれはやばかった。
ゴキブリを見つけると、父親の影響で僕は輪ゴムで撃ち落とそうとする。これが面白い。ゴキブリに限らず、父は蚊でも何でもうまく輪ゴムで撃ち落す。あれは上手い。それに憧れ、よく練習した。が、そのおかげで、小学校三年(四年だったかも・・・)のときには、輪ゴムでゴキブリを狙っていたのに、誤って自分の左目を撃ってしまい、左目の黒目の部分が切れて、たいそう痛い思いをしたっけ・・・今、視力が左目の方が随分悪いから、やっぱりその影響はあるのだと思う。多分ね。
話が逸れた。
まず、逃げないように輪ゴムでゴキブリの頭をめがけて撃つ。命中!ひっくり返り、のたうちまわるゴキブリをガムテープに貼り付け、包み、一件落着。そのままゴミ箱に捨てておいた。そこには何よりほっとした顔の加賀谷先生がいた。一日一善。いい事をしたので気分をよくして、再び単純作業に取り掛かる。