奥駈十日目

熊野本宮大社にて

朝三時半過ぎに起きた。今日本宮に行くには、玉置神社を7時までには越したい。さっさと起きて、準備する。今日の天気はいいらしい。まだ暗い中撤収。明るくなる前に歩き始める。少し行くと展望台があって、朝日が昇ってきたのだけど、熊野の山並みの中に輝く朝日は荘厳で、その風景にあうために僕はここに来たんじゃないかとさえ考えてしまった。疲れか、何か、頭がフラフラしていたのだけど、寝不足のせいに違いないと暗示をかけて歩く。玉置山は何の変哲もないピーク。そこから下り、玉置神社に向かう。なかなか大きくて立派な神社で驚いた。賽銭を入れ、お参りする。
6:55に出発。予定通りだ。本宮辻の方に下っていくと、前から一人、おじさんがやってきた。今回遇う4人目の人間だ。カメラを構えるので、まあ、いい被写体なのだろうと納得していたが、通りすがりにどうも馴れ馴れしい。おかしいなと思い、はっとそれが父であることに気付く。親馬鹿というか何というか。栄養ドリンクやら、牛丼やらを持ってきたとか来ないとか。あと余分な装備(アイゼン、ピッケル、スキー、スノースコップ、他)を持っていこうかとかどうだとか。全部無視して、歩き続けた。そして、今日の夕方、本宮まで行く、ということだけ伝える。足の靴擦れがひどくて、かなり辛かった。履いている靴は革靴とはいえ、やっぱり雪山用だった。夏道は結構足に堪える。荷物もそりゃ重かった。それを精神力で何とかカバーしていた。今、気を緩めるともう歩けない気がした。何より、初見・単独・デポなしで挑んでいるのが今回の奥駈修行だった。せっかくここまでやってきたのに冷たいかなと思いつつ、無視して歩き続けた。歩くのが速くて、ついて来れなかったよう。そのまま歩き続けて、300mほど標高を上げて大森山の山頂へ。ここから、大きく下り始める。歩き始めると、眼下に熊野川が、そして遠くに、本宮が見え始めた。嬉しい。
この先は、結構急なところがあって、危険ではないが歩くのに時間がかかる場所もあった。にしても暑い。尾根筋は照葉樹と赤松が生え、割と親しみやすい景観だ。そうした道を黙々と歩いていく。大黒天神岳の登りは暑くて、へとへとになってしまった。その先の歩き始めてすぐに、雨具の下に履いていた毛下を脱いだ。もう集落も随分近くなり、山も非常に人臭い感じがする。熊野川も随分迫った。宝篋印塔に着き、道路を渡って反対側を歩く。奥駈道が世界遺産に登録されたおかげで、この辺はやたらと整備されていた。きっと歩いて欲しいのだろう。でも杉林の中ばかりで、歩いていて別に何の楽しさも感じられない。持っていたエアリアは1999年度版なのでコースが少し違っていて、考えていたよりも時間がかかってしまう。あと少し、あと少し、と考えながら、歩いていく。
七越峰は公園になっていた。たどり着き、振り返ると遠くに大森山が見える。なんだかちょっぴり感慨深い。いよいよ本宮まであと少しとなった。が、いろいろその後も上がったり下がったりして時間がかかる。最後に熊野川の辺に出た。対岸が昔本殿があったところだ。今は明治時代の大水害で、別の場所に移されているけど。備崎の橋を渡る。いろいろあったなぁ、ぼんやり考えながら歩いていく。車道の横では、小学生と思われる二人の男の子が走り、挨拶していってくれた。まわりは全然雪がないのに、アイゼン・スキー・ピッケルを背負った僕を周りの人はどう見ていただろうか?いや、気付いていないかな。しばらく歩いて、熊野本宮大社へ。やっとたどり着いたという思いと、もうすぐ旅が終わってしまうという、ちょっぴりの寂しさ、それは、学生時代の終わりも告げていて、今まで以上に感慨深いものがあった。思い返せば大学に入る直前に那智勝浦から熊野古道の中辺路を通ってここ熊野本宮大社まで来たっけ。あれから6年。自分は冬の奥駈道を何とか越えることが出来る程度までは実力がついたらしい。
鳥居をくぐり、賽銭を作るついでにお守りを買って、中に入り、お参りした。願ったことはいろいろ。でも大きくは、無事でここまで来れたことの感謝、これからの自分の人生に関する目標、そして、自然と文化と人々の暮らしが末永く残ることだった。
戻ってくると、入り口のところから見慣れた夫婦がやってきた。両親だ。迎えに来て今着いたらしい。なかなかいいタイミングだ。写真を撮った。奥駈の途中ではなく、今は何も気にならなかった。
湯ノ峰温泉に行き、温泉につかる。ポカポカと温まった。肉刺だらけの両足はでも歩くとズキズキズキズキしている。体重を量ると57.4kg!大分引き締まったかも。温泉を出てくると、外で両親は温泉卵を作り、芋をふかしていた。地熱豊かな場所で、それを食べる。美味しい。こうやって親とこの湯ノ峰に来るなんて、小学校以来だろうか。ちょっぴり夕暮れも迫り、熊野の里は暖かさ、懐かしさに混じって、どこか寂しさも感じられた、
そして家に帰った。いろいろ心配してくれた伯父さんとも話をした。家では刺身を食べた。無茶苦茶美味しかった。

タイム
5:35@花折塚付近 〜6:30@玉置山 〜6:45@玉置神社 6:55〜8:10@大森山手前分岐 8:20〜9:28@篠尾辻 9:38〜10:55@700m 11:15〜12:15@大黒天神岳12:25〜13:30@宝篋印塔 〜15:00@七越峰 15:50@備崎 〜16:15@熊野本宮大社