研修五日目

原爆ドーム

最終日。朝5時に起きて、日が昇り始めた海辺を一人歩く。内湾の静けさ。まるで風のおとなしい日の湖面。ボラが水面を跳ねる。太陽が山間から輝き、水面にもう一つの太陽を映し出す。静かな時間。遠くから、小さな漁船のエンジン音。鳥のさえずり。静かな朝だった。
部屋に戻り、片づけ。自分の部屋の散らかしように驚く。時間ぎりぎりまで片づけて、役場に向かう。今日も暑い。ザックを背負っていると汗が吹き出る。
市役所では、この五日間の感想を述べた。思うことはいろいろ。疑問点ももちろんたくさん。でも、なかなかいいところだったな。観光には向いていないかもしれない。でも、住むにはなかなかの場所な気がした。市長とも話をする。あんたちょっと肥えたんとちがうか?、そう言われる。昨晩もたくさん食べたしな。まあ、田舎に久々いたことに満足したからと言うことにしておこう。
最後に、市長を初め、助役、支所長、部長級の人々を前にして、3人がそれぞれ感想を述べる。どんなときだってそうなのだけど、振り返るとあっという間だったな。
お世話になった職員の方々、本当にありがとうございました。
港まで送っていってもらう。フェリーに乗り、出航。一人島を背に写真を撮った。
さて、呉に行く。ここまでは研修だったけど、今日の午後と明日は観光だ。せっかく広島まで来ているわけだし。呉では久々入った大きなマーケットに驚きつつ、飯を食べてからヤマトミュージアムに行った。小さいとき、祖父に戦艦大和の話を聞いたっけ。そこには誇るべき日本の技術があった。でも、それを使いこなせなかった部分もひしひしと感じた。戦略のミスを戦術でカバーするのは不可能に近いということか。昨日の第一術科学校の資料館でもそうだったけど、昔の人の意気込みを感じながら、展示を見ていった。本物の零戦が展示されていたのは少し驚き。
ラムネが売っていた。なんでも戦艦大和でも飲まれていたらしい。戦艦の設計図面の中にラムネ製造所とあるから、実際そうだったのだろう。3本一組で化粧箱に収まって売っていた。結構重いし、写真だけ撮らせてもらうことになったのだけど、いざ化粧箱を開けると、開けて写真まで撮ったなら買っていってよう!という女性店員3人の視線。結局買っちゃった。女性には弱いんだ、きっとね。その顛末をメールで送ると、『女難の相が出ております』という返事。呉大和の女難のラムネ、というラムネになった。
広島に移動。平和記念公園に行き、資料館を回る。ずっと来てみたかった。やっと来ることができた。何気ない日常と、かつてここを焼き尽くした地上の太陽に似た巨大なエネルギー体を重ねていた。思うことはいろいろ。そしてそれはそこにそのときあっとという事実。自分たちの体は全て、かつてどこかの太陽の中心にあったというのは不思議な話だ。そういう無常。
原爆ドームを眺めて、一人物思いにふける。川の対岸にはバンドが数組、思い思いに若さを放っていた。
夜は、春の研修で知り合いになった友人の家に三人で行く。近くの店で広島焼を食べた後、温泉に行き、すっきり。その後、乾杯。持つべきは友人だと思った。