尻羽岬(シレパ岬)シーカヤッキング

厚岸湾の海岸を行く。

朝5時に起きて、海に行こうと考えていたのだけど、起きたのは8時過ぎだった。疲れていたことをあらためて実感。昨日読み終わった「菜の花の沖」の主人公、高田屋嘉兵衛の生き方に強く感銘を受け、夢の中にもその反芻があった。「菜の花の沖」を読むことにしたのは、6月以降強く感銘を受けて傾倒している新谷暁生さんの2作目の著書「バトル オブ アリューシャン」に高田屋嘉兵衛がワンフレーズだけなのだけど出てきて気になっていたことと、8月に択捉島に行った際にコダマさん(元歯舞島民)から高田屋嘉兵衛について話を聞いて興味を持ったこと。9月は本当に忙しかったけど、合間を見つけて読み続け、九月中に何とか読み終えた。その余韻が残っている。
あたふたと準備を進め、九時半ごろ家を出る。今回行くのは尻羽岬付近。厚岸湾の西端にある岬だ。ここに仙鳳趾(センポウジ)の港から出艇して、たどり着くプランを立てた。距離は約6.5km。地形図以上の情報は持っていない。尻羽岬には、6月に歩いていっていい場所だった。東を見れば、大黒島が出てくる。「菜の花の沖」にも大黒島の記述があり、その時との風景を重ね合わせる。
シーカヤックを四月に注文して、6月にようやく届いた。以降、練習を重ね今年中に知床半島を一周する気でいたのだけど、全然そんな時間がなく、このシーカヤックを使用するのは今回が四回目(屈斜路湖×2、野付半島×1)、海での使用は実質初めてとなる。
仙鳳趾の港の横の海岸に来る。見込んだとおり、なかなかの出艇適地だった。僕の他には誰もいない。カヤックを丁寧に組み立てて、正午にようやく全ての準備を整え、船に乗り込み、出発。いい天気だ。ただ、湾の外には釧路沖を流れる寒流の影響があり霧がかかっている。
波の打ち寄せるタイミングを見計らって漕ぎ出し、無事水の上に浮かぶ。海でカヌーに乗るのはこれで4回目。これまで三重県で3回乗ったことがあったがそれだけ。初めてのときは右も左もわからず、リバーカヤック(ファルトボート)でとりあえず外洋に漕いでいってうねりにびっくりしたっけ。懐かしい思い出。
湾内の沿岸の水は濁っていた。岩礁の上にはウミウが多数。岸縁は岸壁が続く。波はきつくないが、不透明な海面に時折岩礁が顔を出すので、少し緊張した。このあたり、まだ海には慣れていないということ。この日学んだだけでもたくさんのことがあった。例えば、陸の地形で谷筋からどういう風にどういうタイミングで風が吹いてくるのか。そんなことも、まだわかっていないし、海でそれがどういういう意味を持つのかもわからない。それはでも今回の経験で少しだけ見えた。
臆病になりながら進む。少し行くと「古番屋」と地形図に書かれた地名。家が何軒かあり、漁師さんもいた。その先にも集落はあるらしいのだが、見つけることが出来なかった。
岸際の滝が美しい。ひょっとして熊なんかいないだろうか、と進むが見当たらず。時々うねりがやってきて、ぼんやり漕いでいるとグラリと揺れる。向かい風の中を漕ぎ続ける。
尻羽岬まで行く事を計画していながら、そこまで行くことに臆病になっている自分がいた。まだ体が海のリズムをわかっていない。その不安があった。が、何だかんだで漕ぎ続け、岬が迫ってきた。岬の近くには一本の木が生えていてそれが目印だった。岬の手前では海草が生い茂り、パドリングし辛かった。テトラポットにはウミウが多数いて、近づくとヨタヨタと逃げていった。
尻羽岬から外洋へは岩礁帯を抜けることになる。そこには白波が立っていた。湾内はそんなにうねりはないが、外洋はやはりうねりがあった。今回はここまでだな、そうつぶやいて、回れ右をした。
きっとずっと海を漕いでいれば、こんなこと何でもないことだと思う。でもまだそこまでは慣れていないんだ。川なら流れがあるが、泳ぎ着くにはそんなに苦労しない距離に岸がある。でも海だと遠いなぁ。ちょっと漕ぐとすぐにカヤックは沖に出るし。水温も低くなってきたから、今長時間泳ぐことは出来ない。今度東京に行ったらドライスーツを買ってこよう。
帰りは満ち潮+追い風のためか、非常に速かった。行きは1時間半かかったが、帰りは1時間かからないぐらいだった。時折うねりが後ろから近づき、船をぐっと持ち上げる。後ろから波の動きは見えていないので急に持ち上がるから、大きなうねりがくるとスリルがある。行きは前方が霧だったが、帰りは青空があった。
おにぎりとアンパンを食べ、漕ぎ続けて無事到着。海岸を這い回っているのはキタキツネで、僕に気が付くと藪の中に隠れていった。上陸して、船を水洗いしてから乾かす。十分に乾かしてからたたんで車に積み込み、それから車で尻羽岬に行った。砂利道を走り、駐車場から1km強歩いて岬に立つ。前方には大黒島。そこから連なる岩礁は、満ち潮のためか海面下にあった。
鹿道をたどって少し下ると、先ほどの大きな一本の木が見えた。その横で草を食むエゾシカの群れ。僕に気が付き、逃げていった。眼下には、テトラポットの塊。そこに休むウミウ。水面にどこか違和感を感じてそちらをじっと眺めると、アザラシが顔を出した。双眼鏡で観察。ゼニガタアザラシだろうか。すぐに水面下に隠れてしまうので、もぐら叩きの気分で観察する。
月が輝き始め、暗くなり始めたので戻る。車に戻ると、結構暗くて、ライトをつけた。
家に帰ってくると流石に疲れて、最低限の片づけをしてから、すぐに寝た。