行方不明・・・

午前、午後とデスクワークをずっとしていた。今日はヤマザキさんとナガオカさんの2名は宮之浦岳縄文杉の一泊二日の縦走巡視に行き、事務補佐員のカマダさんは月・火と休みなので残りの三人で割とのんびり仕事をしていた。先週は地形図をしっかり読むことについての手法についていろいろ事務所員に説明してみたのだけど、今日は今後の効率的な巡視についていろいろアイディアが思い浮かんだので、他の仕事の傍らでそれをどのようにまとめようかといろいろ思案したりしていた。
それは、もうすぐ今日の仕事も終わりだと思っていた夕方16:50のことだった。
環境省の調査を日本自然保護協会経由で行っている東大の大澤研究室のツツイさんから電話が入る。暗そうな声。話を聞くと、調査に行って山を降りてきたのだけど、一緒に調査に行って疲れていたので先に下りることにしていたFさん(女性)が、車を置いていた場所に戻ってきていないとのこと。Fさんは僕も良く知っている人とあって緊張が走る。
すぐに電話をし直すから、と一端電話を切って、ざっと事務所のフカダさん、熊本の事務所に説明を入れた後、フジイ君にすぐに森林管理署に林道の鍵を借りてくるようにお願いした。電話を掛け直し、もう少し詳しい状況を聞いた後、必ず迎えに行くからそこで動かずに待っていてくれ、と何度も念を押してから電話を切った。
話を整理すると、花山歩道で植生調査を行っているのだけど、今回はツツイさんFさん含む4名で一泊二日の予定で調査をすることになった。
昨日、大川林道終点に車を止め、緊急避難路を通って永田歩道経由で鹿之沢小屋に行き、調査をして鹿之沢小屋に泊まった。Fさんは研究室とは関係なくて、でも知り合いで調査に興味があるからということでボランタリーに手伝いで同行していたのだけど、普段登山をしないFさんは疲れてしまって、今日の1300mと1600mの調査は同行せずに、鹿之沢小屋で待っていて、正午頃先に緊急避難路経由で一足先に車に戻る予定だった。一方他の三名は、花山歩道の調査をやってから、ツツイさんともう一人は鹿之沢小屋に14時ぐらいに戻ってきて緊急避難路経由で大川林道終点に16時待ち合わせで戻り、イズモト君はそのまま花山歩道を下り、花山歩道の登山口で車を待っている予定だった。
ちなみに、大川林道は、大川の滝の近くに入り口のある林道で、入り口から5kmのところに花山歩道の登山口がある。その先は鍵のかかったゲートがあって、森林作業や調査以外の一般の車は入ることが出来ない。大川林道の終点、入り口から15kmのところからは、永田歩道経由で鹿之沢小屋に向かう緊急避難路があって、遭難捜索や調査の際に活用されている。が、大川林道の途中にゲートがあるので、一般の方は使えない。また携帯電話は基本的に圏外となる。
話は戻って、先に大川林道の終点に着いて、車で待っているはずのFさんがツツイさん達が戻ってきた16時過ぎにいなかった。まずいことに車の鍵はFさんが持っていたので、車を動かすことも出来ない。途方にくれたが幸い15分ほど歩いたところで携帯電話が通じるところがあることを聞いていたツツイさんがそこまで行って事務所に電話してきたのだった。
Fさんは緊急避難路を通ったのは、今回初めてということで、往路で通ったとはいえ、帰りは一人だったので道に迷った可能性もあるとのこと。永田歩道から緊急避難路への分岐をうっかり通り過ぎたのではないか、考えもした。
何で山慣れない人を一人で返すんだ?と強い危機感を覚えた。こんなものなのだろうか。熊本事務所、日本自然保護協会に連絡を入れた。屋久島警察署に連絡を入れ、状況を説明し、これから林道終点に取り残された調査員を迎えに行くが、もし迎えに行ってもFさんが戻ってきていなければ、捜索をお願いすることになります、と伝える。
家に戻り準備を手早く済ませ、ツツイさんに今一度必ず迎えに行く旨伝えてから、フカダさんと一緒に事務所を17:45に出発する。事務所には連絡員としてフジイ君一人を残しておく。
暗くなる中、車の中ではフカダさんといろいろな話をした。時期的に山の中はかなり寒くなる。今朝は特に冷え込んだ、と昼のニュースでも言っていた。幸いにして泊まりがけの調査だったので寝袋は持っているとのこと。お菓子も少しは持っているとのことだった。ただヘッドランプを忘れてきたという話で、新月の今日の闇夜の不安を考えた。分岐で気がつかずうっかり永田歩道を下ってしまったのであればまだいいが・・・しかし永田歩道は水がないぞ・・・道迷いではなく転倒・滑落等だったとしたら…怪我していないといいが…
不安だけが募っていく。
大川林道終点に着いたらFさんが戻ってきているなんてことはないかな、そんな話もした。しかし、慣れない道を一人で歩かせるもんじゃないな、その辺りの危機管理をきちんと整理していないというのが驚きだった。山岳部やワンゲルに入っていなければ、案外そんなものなのかもしれない。
道すがら、大澤先生からも連絡が入った。
すっかり暗くなる中、栗生集落を過ぎ、携帯電話圏外となり大川林道に入る。凹凸の激しい林道を進む。シカが何頭か。車と同じ方向に走って逃げ、50mも走ると横の藪に逃げていった。フカダさんの林道での運転技術は一級だ。凹凸を巧みに避けながら漆黒の林道を駆け抜けていく。
花山歩道登山口には、女性二人の登山客がテントを張っていて、こちらを見るや否や「なんでそっちから来るの!!!」と叫んだ。花山歩道登山口にはイズモト君が17時に着いて待っていたが、車が来なかったので18時に見に行ってきます、と荷物を置いて林道を先に歩いていったらしい。登山客の方は、待っていた車が来たものと勘違いしたらしかった(だから、反対方向から来たの!と突っ込みを入れた)。また、先ほど警察のバイクが向かったことも話してくれた。事情を20秒で説明し、先に進む。ゲートを越えて、延々と真っ暗な林道を走っていく。長い。しばらく走って19時前にイズモト君を見つける。ヘッドランプぐらいしか持たず、必死で走ってきたよう。つい先ほど警察のバイクとすれ違い、ここで待っているようにと言われたとのこと。車に乗せて一緒に林道の奥に向かう。かなり疲れているようで、みかんを渡しておいた。そして、状況を説明する。
大川林道終点には、19時半に着いた。一足先にバイクで来た栗生駐在所の方と、ツツイさん+もう一人がいた。Fさんはいない…外は寒い。警察による事情聴取。その後、携帯が通じる場所に警察の方が連絡しに行った。夕方30分ほど探しにも行ったのだが見つからなかった、との話を聞く。
とにかく、まずはツツイさん達が無事なのは何よりだった。警察の方を待っていたら、警察の車(三菱デリカ)が一台やってきた。バイクの方も戻ってくる。林道を降りて栗生駐在所で今後の対策を話し合うということになった。持ってきた紙にマジックで「Fさん、ここで待っていてください。明日警察と捜索に来ます。」と書置きし、車のワイパーに挟む。闇夜の夜空。満天の星。影をなす樹木、黒く横たわる稜線。
調査員3名を乗せて林道を下る。何を話していたのかは良く覚えていない。花山歩道登山口の登山客にイズモト君が状況をざっと説明した。15kmの長い林道を戻り、舗装された県道に戻った時はホッとした。
21時過ぎに栗生駐在所に着き、あらためて事情聴取及び明日以降の対策を練る。消防団は明日朝一では動かせず、早くて明日の午後からになるとのことから、明日、まずは警察と事務所で捜索をすることになった。
捜索範囲を検討した結果、捜索は、大川林道の終点に行き、緊急避難路を登り、永田歩道を鹿之沢小屋方向に登る班と永田歩道を下る班に分かれることになった。警察はそこまでルートに詳しいわけではなく、フカダさんと僕がそれぞれに付くことになった。朝七時に安房屋久島警察署に集合してに行き、と説明を受けるが、永田歩道は距離のあるルートなのでそれでは遅過ぎる、とコメントすると、後で6:30出発に変更された。ツツイさん、イズモト君も自分も捜索に行きたいとの申し出があり、イズモト君には来てもらうことになった。熊本の事務所にもその旨連絡を入れる。携帯圏内に戻ってきていたので、事務所に連絡員として残ってもらっていたフジイ君には、明日の朝も早いということで先に帰ってもらった。明日朝一の飛行機で委託先の担当者の方と大澤先生が屋久島入りすることを聞いた。
夕飯を食べていないツツイさんたちの晩飯を、22時に閉まる所謂コンビニエンスなストアーで22:15に買わせてもらって、それから事務所に戻る。泊まっていた小屋(委託先の小屋がある)の鍵も車の中に入れていたのでないとのことで、今日は事務所に泊まってもらうことになった。
家に帰ると、警察から電話がかかり、Fさん実家の連絡先を聞き、それを調査の委託先に伝えた。実家の連絡先を自動車のナンバープレートからすぐに調べ上げるのはすごいと思った。それにしても親御さんはどんな気持ちでこの連絡を聞くのだろうか。想像するだけで心がどうしようもなく痛む。
23時を過ぎてから、消防団を明日朝一で動かすことも可能になりそうだがどうするか?という急ぎの確認が警察からかかってきた。消防団を動かすとなると何十万円単位でお金がかかる。遭難費を払う委託先にも相談しないと決められない内容だった。う〜んと悩んだが、捜索範囲が限られていること、明日の午後もまずは消防団は入れない、と既に話をしていたことから、まずは明日警察と当所で捜索して、万一見つからなければ明後日からお願いすることにします、と答えた。その後熊本の事務所にもその旨伝えはしたが、本当にそれで良かったのか、それでベストを尽くしたと言えるのか、とこの自分の回答を何度反芻することとなった。
日付が変わってから連絡もなくなり、明日に備えて寝ることにした。ふと土曜日にポキリと折れてしまったメガネが目に入った。今日の昼間、まだ行方不明騒ぎなんて何も知らない時に、フカダさんに折れたメガネの話をしたら、不吉だね、と言われたことを思い出した。そして、先週土曜日はFさんと話をした最後の日だったことを思い出した。
急に背筋がゾクッと寒くなった。Fさんなら大丈夫だよ、装備もあるし、大丈夫、そう思いながらも、何故戻って来れなかったのか、考えれば考えるほど不安が募っていた。それが、折れたメガネを見てさらに嫌な空気に包まれてしまった。
単に道に迷っただけならOKだ。きっと今頃寝袋に包まって寒い夜を過ごしているに違いない。でも、でも万一という可能性もある・・・ツツイさんが、緊急避難路で何箇所かある迷いやすい場所(踏み分け道の分岐)では、帰りは左へ、左へと進めばいいという話をしたのだけど、実は一箇所右に行かないといけない場所があり、そこで迷ったのかも、という話をしていた。永田歩道での分岐を間違えたか、もしくはその分岐を間違えたのか、そうであってほしい、それだけであってほしいと切に願った。
不安を抱きながら、眠りについた。