捜索

朝5時過ぎに起きた。昨晩寝る前に、もし万一のことがあったら、夢に化けて出てきてくれ、と願を掛けて寝たのだけど、そんな夢は見なかったので、根拠はないのだけど大丈夫な気がしていた。6時前に事務所に行く。そして、フカダさん、イズモト君と三人で警察署に向かう。
警察署では、今日の捜索に向けて若手を中心に7名が集まっていた。永田歩道を永田集落から登っていく隊を作ったほうがいいという警察署長の提案で、3隊出されることになった。イズモト君に永田歩道からの隊に同行してもらうことにした。合計10名での捜索第一弾が始まることとなった。
熊本事務所に連絡を入れてから、6:40に出発。夜明けの屋久島を走る。お弁当を買ったり、ジュースを買ったり、駐在所に寄ったりと三回ほど警察の車は停まっていた。朝七時には事務所に来るようにフジイ君に伝えてあったので、携帯圏外になる前に事務所に連絡し、これからの捜索についてざっと再説明しておいた。
7:30に大川林道に入り、一時間掛けて大川林道の終点に向かう。フカダさんといろいろ話をする中で、着いたら大川林道の終点の車のところでFさんが待っていたりしないものかと話をしていた。無事見つかれば全て笑い話で済むのにな、是非笑い話となってほしい、そんな話を切り口を変えながらずっと話していた。
8時半前に到着した。が、Fさんはいない。一度目を閉じ、息をついた。車に残したメモ書きが朝露に濡れ、しんなりとしていた。緊張感漂う中、出発準備を整え、フカダさんと僕が先導して7名で登り始める。朝露がズボンを濡らす。警察官ということで、歩くのがあまりにも速かったらどうしようかとチラリと考えていたが、我々のほうがずっと速く、少しペースを落とすことになった。どこかの沢筋に落ちていないか、迷っていないか、と時々手を叩きながら進む。
登り始めて10分ほど、手を叩くと、上のほうから「キミちゃん?!!!」という声がした。期待で頭の中がさぁぁぁぁっと明るくなった。「Fさん?」とフカダさんが声を張り上げると返事があった。その上で雨具を着てペットボトルを持ったFさんがひょっこり姿を出す。
良かった!!!!!!!!!!!!!!
この安堵感はどう表現したらいいか。
5分ほど上に向かった先にある広場に向かう。そこで話をする。警察の方は即座に無事発見を無線で伝えていた。想像以上に元気だった。昨晩寒くなかった?との質問には、一昨日の晩の鹿之沢小屋泊まりとくらべて全然寒くなかったということ。
事の顛末からいうと、昨日十二時過ぎに鹿之沢小屋を出たFさんは、永田歩道を歩き、緊急避難路の分岐を下ってきていた。が、最後の最後、入り口まであと10〜15分といったところの尾根筋から谷筋に移るところで右に行くべきところを左に行ってしまった。緊急避難路自体はしっかりとした道なのだけど、そこに行ってみると間違った方向にも赤布がついていて、間違えないことはまったくないことはない様子。昔はそちらに緊急避難路の入り口があったのだけど、そこに途中の林道が崩壊したことから、現在の位置に変更された経緯があった。そして、間違えた後、14:45に林道に出たことから、車もないし、変な気がするけどここで良かったんだったっけ?と思い、ツツイさん達を待ち続け、いつの間にか日が暮れ、やばいと思ったがそこで寝たとの事。ヘッドランプは持っていたらしい。ただ、水があんまり残っていなかった。見つけたときに残っていた水は500ccペットボトルの2/5に満たなかった。シュラフも持っていたので夜は寒いこともなく新月の闇夜がもたらす満天の星空を眺めて過ごし、翌朝やっぱり変だと思って、荷物を置いたまま間違えたところまで戻ってきて、そこで正解ルートに気がつき、降りてきているところだった。
何でフカダさんや僕がいるのか、警察までいるのか最初は理解できないでいたが、昨日からの顛末を話すと、恐縮しきりだった。まあ無事だったから何より。
置いてきた荷物の所まで警察の方と向かって、荷物を回収。途中の場所からロウソク岩の絶景が望めた。Fさんが間違えた赤布は外して正解ルートにピンクテープを付けてきた。
戻ってきて、車に戻り、栗生の駐在所に向かった。Fさんといろいろ話をする。無事で何より。ご両親にも連絡が行ったよ、と話をすると、ショックを受けていた。つい先日に電話した際に「山に行く」と話をしたら甚く心配したそうで、「遭難が心配、絶対にそんなことないように」と話をされ、大丈夫だから、と話をしたところだったらしかった。その話の数日後の深夜、警察から行方不明になりました、との連絡を受け取った時のご両親の気持ちはどんなものだったのだろうか。
林道の途中で、いすゞのビッグホーンがやってきたので、どこの車だと思ったら、屋久島警察署長が乗っていた(自ら運転もしていた)!猪木系の気合を持った署長さんで、自然にも興味があって親しみを持っている。Fさんに大丈夫ですか?と話しかけ、大丈夫です、大変ご迷惑、ご心配をお掛けしました、とFさんが言うと、無事で何より、それが一番のお土産です、と厳しい顔に似合わない(?)飛びっきりの笑顔で応えていた。署長自らここにやって来れるなんて、屋久島の平和って素晴らしいなと思った。
途中工事のためにやってきたユンボとすれ違い、林道の影からぬっと現れた様子を見て、太古巨大な恐竜と出会ったらこんな感じだったのかもしれないなんて考えた。
15kmの林道を終え、県道に出て、栗生駐在所に向かう。そこで事情聴取を受けてから、解散。
事務所に戻ると、大澤先生と朱宮さんが東京から来ていた。無事で何よりと話をする。遅れてFさんも事務所にやってきて、昨日心配の塊の中にあったツツイさんとも再会し、再会を喜んでいた。Fさんが余りにも元気でやや拍子抜け?こんなことなら、三角巾で腕を吊るか、包帯を巻くかしておけば、より雰囲気が出たかもしれない。
そんな冗談を言えるのは無事だったから。本当、大変なことにならなくて良かった。
午後は、事務所で事務作業。でも緊張感が解けてやたらと眠かった。
今回いろいろまずい点がいっぱいあった。自分はワンゲルの基準で考えているけど、遭難対策等を考えたことのない方からすれば、こんな状況のときはどんな行動を取るべきなのか、考え切れないのだなと思った。パニック下にあって、どのような行動を取るべきか。そもそも論として分離したことに問題があるが、例えば戻ってこなかった時に花山歩道登山口で待っていたイズモト君はどういう行動を取るべきだったのか、約束の17時を過ぎても車が来ないことを心配した彼は、真っ暗で携帯も通じない山の中にあまり水も持たずに走っていったが、それは下手したら自殺行為そのもの。確実に連絡が取れる林道入り口まで戻って、然るべきところ(当所、警察等)に連絡するのが筋ではなかったか。もしツツイさんの携帯が通じなかったのだったら・・・そのイズモト君の連絡が初動となる。
そして、もし花山歩道登山口にイズモト君がいなかったときの行動はツツイさん達はどう考えていたのか・・・道がおかしいと思ったFさんはどういう行動を取るべきだったのか。
逆に、あまり慣れていない人がどんな心理状況に陥るのか、よくわかることになった。
どういう状況下でも、自己の安全を確保し、二次遭難を防ぎ、その上で遭難したかもしれない、何かあったかもしれない人を守るためにどうしたらいいのか、その辺りの考え方を事務所の職員にもしっかりと話をしておかないといけないなとあらためて感じた。難しいけど、筋道を立てておけばどういう行動を取るのかパターンが見えるもの。今回、不謹慎な言い方をすれば、遭難の際のいい練習が出来た。でも捜索側ではなく、職員自身が捜索される側になった際の行動についてもしっかり詰めておく必要があるなと思う。
夕方、ヤマザキさん達が戻ってきて、状況を話した。
夕方は早々と帰ることにした。家に戻り、一人ビールを開け、無事だったことを乾杯した。
酔いが早々と回って、九時過ぎには熟睡した。