奥駈初日

大峰山寺の門

朝起きると、山の上のほうはガスがかかっていた。テントから這い出て、荷物を詰め込む。ずっしりと重いザック。気が重くなる。登山口広場の前の雪をざくざくと踏みしめながら出発。少々の武者震い。そしてこれから始まる旅へのときめき、不安。ストックを着きながら、ゆっくりと歩き始める。山上川のせせらぎが鳴り響く大峰大橋(清浄大橋)を渡り、門をくぐる。すぐ後に、女人結界の門があった。ここから先は、未だに女人の侵入を許していない。が、山行記録のウェブサイトをいろいろ調べると、冬の山上に人のいない時期には、女性もこの結界を越えて山に登ることもあるようだ。ガイド登山の案内にも、冬季なので女性もOKです、と書かれていた。しかし、時代錯誤なことかもしれないが、女人禁制を貫く場所も、冬季ならOKというのはどうか、と考えてしまう。
杉林の中をずっと歩き、登っていくが、林の中は雪が全然なかった。しばらく歩き一ノ瀬茶屋を過ぎ、一本松茶屋へ。休憩。ああしんど。手前から雪が大分多くなってきて、雪を踏みしめ歩いていると時々ズボッと刺さって歩きにくい。荷物も重いので消耗気味。その先はもう雪がたっぷりあった。足首よりも少し上ぐらいまでズボズボ埋まりつつ、歩いていく。太陽も出てきて気持ちよくなる。ただ、風が強く、寒い。洞辻茶屋に着くといい眺め。山上ヶ岳が見える。出発した洞川の街がはるか下に望め、吉野に連なる山々も見渡せた。
洞辻茶屋から先はスキーを履き、クトー(スキーアイゼン)もつけて歩いていく。しかし、細かな起伏、短いけど急な上り下り、凍った斜面のトラバース等、非常にスキーが使いにくい。はて困ったぞ、そう考えていると、靴からスキー板が外れ、クトーが斜面を転がっていく。幸い、10mほど下に落ちてクトーは止まってくれた。気を取り直してスキーを履く。しかし、どうも靴と板がフィットしていない。気持ち暗くなる。歩きにくいので、スキーを脱ぎ、アイゼンを装着して、ズボズボはまりながらゆっくりと歩いていった。
ダラスケ屋の先の鐘掛岩に続く木の階段を探すのにはちょっと手間取った。トレースがみな消えているので道がよくわからない。現地の看板と地図を照らし合わせて歩いていくと急な木の階段が現れる。雪で半分は埋まり凍っているので、慎重に上っていく。
鐘掛岩まで階段を登り、そこからはなかなかの景色。鐘掛岩は中央の凹角を綱を使って上るのだけど、荷物が重いので、右の巻き道を使って巻いた。その後は樹林帯の中を緩やかに登っていく。
西ノ覘という断崖絶壁の絶景場所に来る頃には、周りがガスに包まれていて何も見えなくなっていた。この辺はトレースが付いているのだけど、付いていない部分を歩くと太股近くまで埋まって苦しむ。大峰の宿堂坊が立ち並ぶ中を進み、ラッセルがきつくなってきたのでスキー板を履き、大峰山寺の門をくぐる。何だか荘厳な気分。大峰山寺の建物は雪がべっとり付いていた。山上ヶ岳の山頂はこの山頂付近の寺から目と鼻の先にあるのだけど、これは無視して縦走路を進む。ここまでは細々とトレースがあったが、この先はまったくなかった。慎重に進むが、30mほど左が切れているところがあって、スキーを脱ぎ、埋まりながらトラバースしてまた履く。ガスがかかり、風が強く雪も舞い始める。その先はスキーなしでは体重を掛けると膝まで埋まるが、表面が一度融けて凍ったアイスバーンなので、トラバース等では滑りやすく、スキーで行くには少々しんどい。そして、ビンディングと靴が合っていないらしく、力をかけるとスキー板が外れてしまう。何度が外れて消耗。これだと怖い場面でスキーは使えない。少し進んではスキーを脱ぎ、藪に絡まれ、またスキーを履き、というのを繰り返す。積雪は結構あるので登山道がどこにあるのかはわからない。大分苦労して、今夜の宿泊予定地である小笹宿に着く。せいぜい1時間弱と思っていた場所まで二時間かかったので、これから先が思いやられた。
小笹宿の狭い小屋の中に入り、雪をかき出し、中にテントを張った。まだ昼の二時半過ぎだが、もう夕食を作る。今回は基本的には夜はアルファ米一袋(出来上重量520g)、乾燥野菜カレーorシチューのメニュー。アルファ米は思っていたよりもボリュームあって嬉しかった。食べ終わって紅茶を沸かし、紅茶で食器を洗ってから、飲む。砂糖たっぷりで美味しい。小屋の外は雪が舞い、時折強く吹く風で、小屋の剥がれたトタンの隙間から中に吹き込んできていた。四時になり天気図を取る。上空に-36℃以下の強い寒気が入り込むらしい。天気図も西高東低の冬型がばっちり決まりそう。小屋の中は-8℃ぐらい。動かずにいると寒い。雪を融かして水を作る。
今日、何度もスキー板が外れてしまい、これでは今後の山行に耐えられない、合わないのならここからもう引き返す、そう思っていたのだけど、駄目元でビンディングと靴がうまく合うように改造してみる。買った店では大丈夫と言われていたのにな。スキー靴の構造などを考えていくと、引っ掛けるコバの部分が大きければうまくいくことがわかる。そこで、登山靴のコバが大きくなるように、その上側の硬化プラスチックの部分を削ることにした。ナイフでちまちまと削り、靴とビンディングを合わせ、また削り、という作業を繰り返していく。するとうまくいって、がっちりフィットするようになった。これなら大丈夫そうだ。左靴に続いて右靴も改造。テントの中には削り取った黒いプラスチックが散乱した。まあ、何とかなりそうだ。
雪降り続く。今日は雪がたっぷり残っていたし。想像していたよりも雪はたっぷりあった。この状態で本当に先に進んでいいのだろうか。思っていたよりも遥かに怖そうだ。もう素直に帰るべきではないか。雪と、ザック重量が重いおかげで、全然スピードが出ない。でも、スキーの問題が解決したのは安心だ。どうしよう。初日にして悩み、随分弱気になっていた。今回の旅を完遂するには、まだあまりにも進んでいなかった。
寒気流入し、冷え込む中、早々と寝た。

タイム
6:10@大峰大橋 〜7:00@一本松茶屋 7:10〜8:30@洞辻茶屋 8:50〜10:05@鐘掛岩 10:17〜11:14@宿堂坊前 11:30〜(大峰山寺)〜(休憩1〜2回)〜13:45@小笹宿

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