奥駈二日目

内侍落しの悪場。ロープを使う。

寒かったが、割とよく眠れた。起きて、ストーブ(ガスバーナー)をつけるとテントの中は急に暖かくなる。今回の朝食のほとんどは、300ccの沸騰させたお湯に入れ、5分煮ながらかき混ぜると出来上がる即席スパゲティーだ。ちょっと水の量を多くして、スープスパティーにして食べる。美味しい。炭水化物たっぷりで力も出そう。五時半から天気図を取った。冬型がしっかり決まっている。
小屋の戸を開けると雪がどさっと入ってきた。40〜50cmぐらい積もったのだろうか。進むか、引き返すか、と考えたが、たっぷり寝て体は随分元気になっていたので、気合十分、先に進むことにした。
スキーを履き、重いザックを背負って出発。スキーを履いていても足首〜膝まで埋まるのだけど、昨日と違いアイスバーンではなく新雪なので、快適だ。木立の間をサクサク進む。気分良し!でもこれがもしスキーではなくワカンだったら、ラッセル相当消耗しただろうな、と思う。竜ヶ岳を過ぎ、1680mの阿弥陀が森は、そのままピークまで行き、そこから南に進路を取る。小さい別の尾根筋に入りかけて、慌てて戻る。脇宿跡を過ぎると雪の量が減り、スキーを脱ぎ、アイゼンを装着して進む。大普賢岳へ登り始めたが、雪深くなり、膝ほどのラッセルで進んでいく。小ピークを越えていくときに、石楠花に阻まれて上に上がれない。何ヶ所か試したが、スキー板が引っかかり、雪にも埋まり、大消耗。何とかその石楠花帯を越えたときはへとへとになっていた。1600mを越え、雪の中をズボズボと埋まりながら歩いていく。途中で雪が深くなり、一時的に膝上までのラッセルとなった。1730mの小ピークに立つと、先に大普賢のピークが見える。その下りで転倒。1mほど滑落。気を取り直して出発。大普賢までもラッセルを続け、ザックに括りつけたスキー板を木に引っ掛けながら登り、雪に埋もれたピークに立つ。ガスがかかっていて、景色は望めなかった。携帯電話を取り出すと、電波圏内だったので緊急連絡先にしている実家に電話。「予定通りやな」と父に言われたが、実際は予定の2〜3倍の時間がかかっていた。時間がないので、早々と先に進む。
大普賢からの下りは急で、慎重に下っていたが一箇所雪に足を取られ、転倒、樹林帯ではあるけど2mほど滑り落ちた。ふぅ、危ない危ない。持ってきているスキー板の長さは1mとはいえ、それでも枝に引っかかりやすく、気を取られているうちに足元が崩れ、持っていた枝も折れ、滑ってしまった。
国見岳に続く稜線は足首ほど軽い雪を踏みしめ、歩いていった。西に向かっていた稜線が南を向くところの先はサツマコロビ、内侍落し、と悪場が続くので、時々樹木に付いている目印テープを丹念に追っていく。ちょうど向きの変わる付近で20mほど離れた太い木の下から、熊の足跡が斜面下へと続いていた。もう冬眠から覚める季節なんだろう。今朝まで雪が降っていたから、この足跡は今日、さっき付いたものに違いない。熊を見たい気持ちもあったが、今ここで出会うとどうしようもないので、何度か笛を吹き、熊除けとした。
サツマコロビの急な下りは、何度か迷いながら目印を追っていくと、無事下ることが出来た。稜線を行くと右側が切り立った鎖場が見え、鎖が出ていて雪も刺さったので、何もなしで慎重に伝っていく。その鎖場の終わりに、ほんの少しの距離なんだけど両脇切り落ちた細い部分があって、雪が凍りつき、その1mほどが恐ろしい。ピッケルのブレードを使って氷にステップを刻み、そろそろとその上を歩き、最後は、エイヤッと反対側に飛び越える。ふぅ、こんなもんか、そう思いながら先に進む。
道がなくなったと思ったら、左側の急傾斜の下にテープが付いていた。キックステップをしながら慎重に降りていく。10mほど下って、その後トラバース。先に進むと、道が見当たらない。が、右に何やら降りれそうな跡がある。荷物を置いて、スリングでハーネスを作り、木と自分を結びつけてセルフビレイ(自己確保)を取って、下ってみると、先が続いている。もしかして、そう思い、すとんと落ちている傾斜をピッケルで削ると、急なはしごが出てきた。なるほど、ここははしごがあるのか。その先が不明なので、まず荷物を置いたまま、30mのロープを使って懸垂下降。先に進めそうだったので、戻って今度はザックを背負って懸垂下降。チェストハーネスなので体重をかけると少々しんどい。15m降りたところでザックを確保して、セルフビレイも取ってロープを回収。さらに15m、まず空身で懸垂下降で降り、ルートを確認して、その後登り返してザックを背負って懸垂下降。すると今度はトラバースになる。内侍落しと呼ばれる悪場だ。夏は鎖に捉まって慎重に行けば問題ないのだけど、今は鎖が埋まっていて、急な氷と雪の斜面になっている。落ちたらただではすまなさそう。面倒だけど、まず空身でロープを引っ張りながらステップを刻みつつ、慎重に進み、ロープが伸びきるところで木、または埋まっている鎖を掘り起こして支点として、固定、Fixを作り、戻ってザックを背負ってその場所まで行く。そうしたことを三回繰り返し、ようやくその斜面から抜け出すことが出来た。ふぅ。疲れた。時間がかかってもう15時を過ぎる。この場所の先の小ピークはなかなかの展望だった。心落ち着くブナの森を越え、七つ池付近ではまた道に迷う。テープの付いていた急傾斜面を慎重に下ると、ここからも雪に完全に埋もれたはしごが出てきた。その後腰上のラッセルで非常に苦しむ。もう時刻も16時を過ぎ、結局七つ池の先の、七曜岳に登る直前の所にテントを張った。その先も少し偵察してルートを確認しておく。
どんどんどんどん雪が降ってくる。時々テントを蹴っ飛ばして積もった雪を払うが、気がつくとすぐに積もっている。これではテントが埋まると、テントの周りを40cmほど掘り下げた。飯を食べているとちょっと心が安らぐ。水も作って一段落。明日も鎖とはしごは続くはず。慌てずゆっくり行こう、そう自分に何度も言い聞かせて、眠りについた。雪はしんしんと降り続く。

タイム
6:50@小笹宿 〜(休憩2回)〜10:20@大普賢岳 10:45〜11:54@国見岳手前鞍部 12:00〜(サツマコロビ、内侍落し)〜15:10内侍落し通過 15:20〜16:15@七曜岳手前

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