奥駈三日目

行者還小屋から行者還岳を望む

何だか寝苦しくて、途中からずっと起きていた。が、目覚ましをセットした4時の半時間ほど前に急に眠くなって、目覚ましを無視して5時過ぎまで寝ていた。起きてスパゲティーを作る。テントは大分雪が積もっていた。昨日胸まで埋まっていたトレースもあまり目立たない。天候は、風はあるが晴れ。周りの木々とその雪が朝焼けに染まり美しい。さて、出発。
慎重にテープを追いながら登っていく。一箇所乗っ越し、次は尾根の急傾斜を行き、その先は足先がズボズボ埋まる。そして七曜岳ピークへの登り。道は完全に埋まっていて、左が切れた急傾斜の氷+雪の斜面をトラバース、その後直登。木が生えているところのコンタクトラインを登っていく。乗っ越して今度は尾根の右側につけられた雪に覆われた木の橋を渡り、鎖はあるが雪のあまりない岩場を簡単に登って七曜岳のピークに立つ。無積雪期は何も問題ない場所なのだろうなと思いながら、ここを戻るのはあんまりしたくないなと考える。下りも慎重に降りて、普通の稜線歩きに戻る。はしごは七曜岳までと聞いていたので、ホッとした。
歩いていくと、小ピークがあって、道を見失う。少し探したが見つからない。地形図上で見ても大したことない場所なので、右から巻いていく。そして最後にその小ピークの上に立ったが、急なので、右から巻き降りて進むことにした。道がはっきりしないので途中でザックを置いて偵察に出たが、巻き終わって、正規のルートと急なルンゼをはさんで反対側に出てしまった。不思議なものでそのぎりぎりの場所ではそれが道に見えた。この岩場を越えるにはロープを使う必要があるが、そうすると登り返しは不可能だ。やばいところに来てしまった。戻ることを決定し、戻り始めたが、足元の雪が崩れてずっこけかけ、ひやりとする。尻尾を巻いて逃げる。藪に引っかかりながら消耗しながら突破した先ほどの巻きをまた戻った。道はわからないが、今のを見た限り、反対側にあるのだろう。今度は小ピークをそのまま尾根沿いに上っていく。初め道はわからなかったがよくよく観察すると下のほうにはしごの一部が見えた。そこまでは急なので、一旦空身で懸垂下降で降り、ステップを刻み、ザックを持って下降。もう1ピッチ懸垂下降で降りて、何とかその場所を通過することが出来た。ちょっと細い岩尾根を越え、先ほど来てしまった谷筋を挟んで反対側の山肌を見、進む。この先は雪に埋もれた階段もあったが、まあ何とでもなった。やがて緩やかな尾根となり、しばらくの間、神経を使わずに歩いていくことが出来た。1485mのピークでは、携帯がつながらないか確認したが電波圏外だった。
重い荷物と軽いラッセルに喘ぎながら、歩き続けて行者還岳のピークと小屋への分岐にやってきた。時間もないし、ピークはすっ飛ばして小屋に行こうと考えたが、小屋へのトラバースルートがどうなっているのかさっぱりわからない。腰までのラッセルで斜面をトラバースしたが、わかりそうにない。地図には手書きで、迷、とだけ書いてある。大峰に詳しい伯父さんに、夏道を良く知っていても迷いやすくて大変なところ、冬で初見ではとてもいける場所ではない、という怖い話を聞いていたところだったということを思い出した。地形図上の点線を見ると、ピーク付近を通り、その後急傾斜を降りることになっている。それを見ながら、一旦ピークに行き、尾根伝いに降りていってトラバース道と交わり、進もう、幾らなんでも道が交われば印ぐらい付いているだろう、そう考え、トラバースをやめてピークへと向かう。行者還岳のピークは樹林に覆われ、展望はなかった。尾根筋をコンパスを切りながらゆっくり下っていく。途中、何ヶ所か降りれないか見てみたが、どこも降りられそうにない。そのうち高度も随分下がり、下り口がなかったことが判明する。おかしい。地形図上では、1510〜20mの辺りから急傾斜の道を降りることになっている。でも、そんな道はどこにもなかった。登り返して確認していくが、ない。下には行者還小屋が手が届きそうな場所にあるのに。岩肌だらけだから下手なルートでは降りることが出来ない。急傾斜の場所でザックを置き、ロープをつけて25mほど降りてみたが、岩場が続き、大変そうだ。懸垂下降を連発すれば、降りられないことはないが、そうすると引き返すのは不可能になる。道が見つからなければ、ここからまた七曜岳〜国見〜大普賢〜山上ヶ岳と通って引き返すことになるのだろうかと考えると、気持ち暗くなる。
とりあえず分岐の表示があったところまで引き返す。途中ショートカットしようとしたら、腰上のラッセルとなって少しの距離に非常に苦しむ。分岐まで戻ってきて、もう一度地図を睨みこんだ。分岐になっている部分は1470mの場所だ。エアリアマップなどに書かれた点線はそこから1510mほどのラインをトラバースし、絶壁を降りていくことになっているが、それは間違いだろうと考え始める。行者還小屋の標高が、1420m。岩場のマークが、1450〜1500mと1400mの部分に付いていた。とすると、きっとまず1400〜1450mのところまで降りていって、そこからトラバースするに違いない。地図を良く見ると、行者還岳から続く稜線の一つ手前に小さな尾根筋があって、その部分の先に20mほどの間に、岩の迫っていないルートがあるように、地形図上で見受けられた。道はこの尾根筋と交わるはずだ、そう考え、ラッセルし、尾根筋を1400mをリミットに降りていく計画を立てる。それで見つからなければ、残念だし面倒だし危ないけどもう一度これまで辿った道を戻る必要がある。
大丈夫、俺ならこの場所に道をつける、そう考えながらラッセルしていく。尾根筋に乗り、ゆっくり下っていくと、目印テープを見つけることが出来た。ルートはこれで間違っていないらしい。次の目印テープを探しながら行くが、道はどうやら急な谷筋を下っていくよう。雪崩が心配だ。雪を掘り起こすと、幸い弱層は出来ていないよう。しかし、いつ雪崩れるとも知れないような谷筋を下っていくのは不安だった。しばらく行くと目印がパタリと消える。急な場所だ。もしかして、と雪を掘り起こすと木のはしごが出てきた。はしごを掘り起こしながら下っていく。標高が1400mに近づくと、トラバースが始まった。このトラバースは非常に急な谷筋をいくつか越えるのだけど、雪は柔らかく、まず滑落することはないが、雪崩が今にも起きそうだった。実際、表面に少し雪崩れたような跡がある。膝まで埋まりながら雪崩れたときに冷静でいられるよう、息を整えながら慎重に進んだ。しばらくすると樹林帯の中の先ほどに比べれば傾斜のゆるくなった斜面のトラバースになって、ホッとした。ずっと膝まで埋まりながらゆっくりとラッセルしていった。気持ちに余裕がようやくできて、ゆったりと眺めると美しい森だ。小鳥の鳴き声が響く。ラッセルに苦しみつつ、やっとこさ行者還小屋にたどり着く。これでもうここを戻ることはなくなった。山を最短で降りるとすれば、行者還トンネル西口の分岐から降りることになる。もう七曜〜国見の悪場を越えなくてすむと考えると、それだけ助かった〜とものすごい安堵感につつまれた。
行者還小屋はログハウス風でトイレまで付いていてなかなか快適。あまりにもいい小屋なので、まだ時間は早かったが、ここに泊まることにする。環境省の補助事業で造られたらしいが、宜しい、思わずそう呟いてしまった。いい非難小屋を造ってくれた。
天気が非常に良くなって、これから行くであろう、弥山、八経が見えた。さっきまでいた行者還のそそり立つ雄姿もなかなかのものだ。その昔は今回通ったトラバース道ではなく、山頂付近から降りてきていたというのだから、役小角(開山した行者)があまりにも険しくて還ったというのも頷ける。どうやって降りてきていたのだろう?
非常に美しい景色だった。弥山の右肩に夕日が沈んでいく。入山以来、誰にもあっていないせいか、次第にテンションが高くなってきて、ウォーーーーと叫んだ。流れていく雲は速かった。そこには透き通った風があった。
小屋の中にテントを張り、広い小屋を独占する。今夜もアルファ米と乾燥野菜カレー。食べ終わると満足して、水を作ってから寝た。
山上ヶ岳、国見〜七曜、行者還のトラバースを無事越え、今回の旅の第一ステージが終わった。

タイム
6:55@七曜岳手前 〜7:55@七曜岳悪場通過 〜8:25@ルート間違え引き返す 9:10〜(懸垂下降×2)10:15@階段終了 〜11:05@1485m 11:15〜12:00@行者還岳 (迷走)13:30@行者分岐地点に戻った 〜14:30@行者還小屋

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