魚野川カヌー

魚野川を行く

夜半、霧雨が降っていた。朝起きても天気はすっきりせず、肌寒くもあった。迷ったが、天気がそんなに悪くならないという予報もあって、出発することした。カヌーを組み立て、荷物を撤収する。と雨が少し強めになる。あらららら、と思っていたが、やがて雨は弱くなった。朝八時半を過ぎて、霧雨霞む川を出発。濁りはなく、水は澄んでいる。手を入れるとひんやりとし、これは沈みたくないなとつくづくと思った。
今回のカヌーは、フォールディングカヤック「アルフェック ボイジャー450」とインフレータブルカヌー「エアー トムキャットソロ」の計2隻。過去にこの川に来たときはどちらもインフレータブルカヌーに乗っていたが、今回、フォールディングカヤックに乗ったので慎重に進路を選んだ。このカヌーはインフレータブルに比べて底擦りに気を使う必要があるので。幸い、ほとんど底をすることもなく、順調に流れていく。天気がやがて良くなり、遠く八海山も見える。川縁のおじさんがこちらを見てにっこり笑っていた。
八海橋が近づき、手前の中州に上陸して偵察。過去二回は八海橋の瀬をカヌーに乗って突破しているが、今回は無理だろうという予想。突入してみる?と訊くと、行ってみてもいいかも、と話していた相方は、しかし八海橋の瀬の水柱を見て、やっぱりやめておくとのこと。インフレータブルカヌーなら突入してもいいのだけど、フォールディングカヤックを壊したくないので、ポーテージ決定。橋の手前の右岸、農業用の水路に進入して、これがインフレータブルカヌーの幅だとぴったりで、気分はパナマ運河を行く大型船。そこからカヌーを少しの距離運んで川に下ろす。再出発。陽が差し込み、明るく、水輝き、すこぶるいい気分だった。
ほとんど漕がずに流れに身を任せる。流れの速い川だから、それでもどんどん下っていく。浅瀬を行く途中、大きな水飛沫が上がり、よく見ると鮭が泳いでいて、近づくと慌てて逃げていた。川の中にはホッチャレ(産卵後の鮭の遺体)があった。
次の難所である浦佐の瀬が近づき、様子を見るため、先行する。瀬に突入する前に偵察をしっかりするつもりが、流れが結構速くて、ヘルメットを被って、とか指示している間に、相方がどんどん流され、腕力もないから戻れず、あたふたしているうちに本来行くべき中央でなく、右岸により過ぎ、そのまま別の流れに相方は乗ってしまった。あらら。そちらは梁(堰堤)になっていて行けないのに。その直前に通るべきコースを先行していたおかげで、こちらは偵察なしに瀬に突入。水中に並んだ消波ブロックをヒヤリとしながら漕ぎ抜ける。岸に着け、右の流れに行ってしまった相方のカヌーを運んでくる。指示はもう少し早くしてください、とのこと。偵察すると言っているのだし、手前右岸で上陸できるよう、もう少し考えて漕げよ、と喉まで出かかったが、その言葉を飲み込む。さて、浦佐の瀬はまだ続きがあって、二段目の落ち込みに行く。流れの真ん中を消波ブロックを越えつつ行くのだが、相方は引っかかってしまって、横向きになり、流れを受けてそのまま半分ひっくり返る。一旦カヌーから降りて下流で何とかカヌーに乗っていた。こちらは二回ほど底を擦りながら、上手く瀬を切り抜ける。ふぅ。
多聞橋では、たくさんの方々が橋の上から鮭を釣っている。ちょうど一匹針に掛かり、釣上げられるまでの、そのファイトはカヌーから見ていてなかなか迫力があった。川べりにはたくさんの人がいて、みんな鮭を狙っている。一応密漁ということになるのだけど、こうした楽しみとしての漁を禁止することは僕は疑問だ。もちろん、取り過ぎはいけないと思うのだけどさ。
多聞橋と八色大橋の間で上陸。お湯を沸かして、カップラーメンを食べる。チーズをつまむ。炙り鶏肉をバーナーで炙って齧り付く。美味しい。カヌーが2隻流れてきて、早々と先に流されていく。
八色大橋の下は消波ブロックが並んでいるので慎重に。左岸ぎりぎりを行く。ゴリッと一箇所擦ったが、うまく越えられた。福山橋の下流には鮭を捕まえるための梁が川一面に張り巡らされ、中央の檻には鮭が入り、飛び跳ねている。後で聞いた話だが、この梁の一部は開けてあって、ちゃんと上流にも鮭が遡れるようにしてあるらしい。鮭の自然繁殖はもちろん、楽しみ用らしい。密漁と言いつつ、黙認されているというか。それを聞いて少し安心した。左岸側に寄り、梁の上にカヌーを引き摺り上げ、下流に落とす。ここは鮭が溜まっていて、下流側の瀬を行く時に目を凝らすと何尾も泳いでいた。天気はどんよりとしていたが、鮭の密漁者もいなくなって、時折釣り人がいるぐらいになり、のんびりと行く。新柳生橋を過ぎ、魚野川はいよいよ大河となる。相変わらずのんびり行くが、その下流の瀬で浅瀬を行き過ぎた相方は引っかかり、くるりと回転していた。
堀之内橋と根小屋橋の間の左岸にトイレあり。上陸して寄っていくと、老夫婦がやってきて、あれこれ話をする。後はぼんやり流される。岸際にカラスが集まっていて、近づいてみるとホッチャレを奪い合っていた。川の恵み。写真に収める。遠くには上越の山並み。
宇賀地橋で上陸。三時過ぎ。下った距離は約27km。テントを立てて着替えた後、北堀之内駅まで歩いて行き、15:56の電車に乗り込む。六日町に戻り、歩いて坂戸橋の下に停めておいて車まで行き、そして宇賀地橋に行く。意外と時間がかかって、戻ってきたのは五時半を過ぎていた。釣師のおじさんがいて、話をする。鮭の密漁の話を聞く。フムフム。話好きなおじさんだったが、こちらの話を聞かないおじさんでもあった。こういったシチュエーションだと大抵は、東京もんは天然の鮎なんぞ食べたことがないだろう、と優越感たっぷりに話をされ、その故郷自慢は面白く好きなのだけど、後から少しだけ、鮎を昔よく獲って食べていました、と付け加えておく。
カヌーを片付け、車に積み込む。すっかり暗くなってしまった。スーパーで買い物。鮭の切り身といくらを買う。小出にある「見晴らしの湯こなみ」に行く。夜だと標識を探し辛く道に少し迷いながらたどり着く。なかなかきれいなところだった。
浦佐橋の上流左岸でキャンプする予定だったが、暗いこともあってわからず、仕方がないので多分橋の右岸下流に行く。車を停めてテントを張る場所を探していたら、おじいさんがやってきて何やら怒っている。お前ら何しにきた、というので、キャンプしに来たというと、急に優しくなった。鮭を獲っていて逃げるから車のライトを消してくれという。どうやら監視か何かに来たと勘違いされていたみたい。やたらとフレンドリーなおじいさんに変身し、川縁に案内され、これが鮭が産卵している場所だ、と教えてくれる。その場所は岸際なのだけど、鮭が掘り返し、そこだけ川底が白くなっていた。岸にはさっき捕まえたという鮭が3匹ほど。大きなオスだ。車に戻り、鮭を獲るのが楽しいこと、川の恵み、獲り方、鮭の性質、若い人々に鮭+川について話すことが嬉しくて仕方がないこと、他いろいろ話をする。最近の若者は川に来なくなった、という言葉が印象的だった。しばらく話をして、おじいさんはまた川に戻っていく。
テントを張り、食事の準備をしていたら、おじいさんが戻ってきて、さらに鮭を獲ったけど食べないか、という。流石に一匹頂いてもすぐには食べられないと話をしていると、今度はメスを獲った、いくらをあげるよ、と持ってきてくれた。ありがたく頂戴することにする。まだ生きているメスの腹を搾り、いくらをコップに受ける。新鮮そのもの。早速醤油と酒に漬ける。ありがとうございます。熱いご飯の上に乗せて食べる。美味い!スーパーで買ったいくらと食べ比べて、その新鮮さを堪能する。いくら食べてもまだまだあって、ご飯をもっと買ってくれば良かったと贅沢な後悔。三年分ぐらいのいくらを食べたかも。結局、本当に川を護りたいと考えるのは、こうした川の恵みを知っていて、川の恵みを食し、川を愛している人々だと思う、と、日々日本の川を憂えう僕は、いくらを食べながら相方に熱く語っていた気がする。
夜がふけ、対岸の新幹線の通過も途絶え、ひっそりとした空気に川のせせらぎが溶け込む。満腹はやがて疲労感と相まって心地よい眠気となり、テントに入ってグーグー寝た。