屈斜路湖レイクカヤッキング

中島にて

朝八時前に起きた。寝過ぎた。やっぱり遅くまで仕事をしていると起きられない。今日は屈斜路湖の中島に行くつもりでいた。天気は良く、ただ気温が低い。予報だと最高気温が9℃。朝晩は0℃となる(日曜日は氷点下2℃)。なので時間が遅くなることは暖かくなることなのでいいのだけど、もう少し朝早くに出発したかった。いそいそと準備を始め、九時前に家を出る。
レガシィに乗って、屈斜路湖の砂湯へ。
先週末は久々東京に行ったが、その際にいろいろアウトドア道具を買い揃えてきた。一番大きな買い物はカヌー用(水上用)のドライスーツモンベルの恵比寿店に行くと売っていて、即決してしまった。ダイビング用のドライスーツと違い、潜水には適していなく(完全防水だが、対水圧性能は高くない)、また生地自体に保温性はないが、防水透湿で、動きやすい。価格は7万円もしたが、店で着てみて良さそうだったので買う決心をした。今朝も出発前に着る練習をしてみたが、思ったよりもスムーズに快適に着ることが出来る。ジッパーは背中側にあるのだが、慣れるとこれも簡単に開閉が出来るようになった。
蛇足ながらその時にいろいろ買ったもののうち、いくつかについてコメント。
トランギアのアルコールバーナーを買ってしまった。幼き頃からイワタニプリムスのカタログを読み続けていたため、存在自体は小学校三年生のことから知っていたのだけど、これまでは実は興味がまったくなかったのだった。僕がこれまでストーブに求めるものは、火力、軽さ、使い易さ、だった。そしてそれに興味が集中していた。このバーナーは3,200kcal/hだとか、96gしか重さがないとか、ゴトクが丈夫だとか、小さなカップも火にかけやすい構造だとか、火力調整がし易いとか、風に強いとか、どういった燃料が使えるかとか。
所有したストーブはプリムスだと2263バーナー(購入小4、現在故障して破棄)、大定番のプリムス2243バーナー(購入中3、今は実家で眠っている)、軽量なP131バーナー(今メインで使っている)、EPIだと分離型のSPIRITバーナー(メインで使用しているもう一台)、MSRだとウィスパーライトインターナショナル(ガソリン、灯油が使えるバーナー)、シェラストーブ(枯れ木を燃やすブリキの七輪)がある。シェラストーブは異質だが、これまでは火力と軽量性に大きく心を奪われ続けていた。そのこともあって、大きく持ち運びが大変なガソリンストーブや、火力が弱く(と思われる)感動的に軽いわけでもないアルコールバーナーにはとんと興味がなかったのだった。
興味を持つきっかけとなったのは、ODBOX(東京にあるアウトドア店、僕の愛用のスリーシーズンダウンシュラフ(中3の時に購入)はここのオリジナル商品)の広告による。LOHASロハス:Lifeestyles of Health and Sustainability)という言葉がこの世の中にのさばりだしてきているが、あんまりこの言葉の響きは好きでないのだけど、アルコールバーナーがLOHASなストーブとして広告に出ていたのだった。なんだ、トランギアのバーナーか、と読み飛ばしていたのだけど、二度目に読んだ時に目が奪われた。「オリジナルチタンゴトク」!チタン製品大好きな自分はまずこれに目がついた。そしてあらためてじっくりアルコールバーナーというものをいろいろ調べ、そして考えてみた。
化石燃料ではないこと、どこでも手に入る燃料だということ、空き缶などのゴミが出ないこと、割と軽量コンパクト(110g、チタンゴトクは25g)、ずっと使われてきたもの、燃焼音が非常に静か、十分な火力、およそ半世紀にわたり変わらないデザイン・・・・
ふと、情景が目に浮かぶ。夕暮れの中、静かに打ち寄せる波、鳥の影。徐に真鍮製のアルコールバーナーを取り出し、火をつける。ガスバーナーのようなゴーッという音もなく、静かに燃える炎。やがてコッヘルがカタカタと音を立てお湯が沸いたことをつげ、お茶を作る。太陽がゆっくりと水平線に隠れ、その光景を見ながら、お茶を飲む・・・・物欲に火がついてしまった。
それで購入。もちろんオリジナルチタンゴトクも買った。
燃焼はなかなか。もちろん、ガス・ガソリンのような強さはまったくない。が、静かに燃えるのはすっごく味がある。そしてアルコール、化石燃料でないということ。これが大きいかなぁ。燃費の良くない車に乗っていてどうこう言えることではないかもしれないけど。燃焼はサーッという静かな燃焼音。横に開いている小さな穴から気化されたアルコールが勢いよく燃える。
欠点は、火力調整が難しいことと、下が熱くなるので、特にテントの中やテーブルの上で使いたい時は必ず敷物が必要だということか。あと、耐風構造にはなっていないので、風のあるときは工夫が必要かな。
まだまだわかっていないかもしれないが、とにかく、味のあるいいバーナーであることは良くわかった。
話が長くなった。もう一点ほどあったが、やめときます。
さて、屈斜路湖の砂湯に到着。空には雲がたくさんあって、時折日は差すものの寒い。ウォータースポーツをしている人は皆無。その中でいそいそとカヤックを組み立て、出発準備をした。そしてドライスーツを着て、空気抜きをし、正午を過ぎてようやく出発。
風が吹き、波立つ湖面を漕いでいく。実は今週、パドルを買った。ニンバスパドルのスクアミッシュ(Squamish)というナローブレードのパドル。ブレードの幅は10.5cmしかない。そのうち、インチューンパドルというパドルメーカー(八王子市にある小さなパドル工房)アリュートパドルを買おうと思っているのだけど、カヌーショップの平岩さんとも話し合った結果、まずはニンバスパドルを購入した。価格は値引きしてもらって33,000円なり。
これが漕ぎ易くてびっくりした。詳細は後述するとして、やっぱりパドルは値段に比例するものだと思った。
出発して500m、ふと左手に腕時計がないことに気が付いた。そして事の重大さに気が付く。ドライスーツを着た際に外して、そのままだった!どこかに入れた記憶はないから、おそらくカヌーを組み立てていた+ドライスーツを着たところ周辺に落としている!慌てて戻ることになった。
この腕時計は、昨年四月に社会人初給料で買ったもの。シチズンの電波ソーラー時計で、時刻合わせも電池交換も必要なく、それでいてタフな構造だから気に入っている。チタン製だしね。そして、何よりも重要なことは、この腕時計にヤマメのウオッチリングを付けてあるということ。このウォッチリングは村上康成さんのデザインのシルバー製品。高校三年生の時に通販で購入して以来、ずっと身に着けてきている大事なアクセサリーだ。時計はその間2回変わった(うち一個は今も登山用に大事に使っている)が、このウォッチリングは時計を換えながらも付け続けていた。
しかし、戻って探すも、見つからない。カヌーに積み込んだ荷物の中も探すが、見つからない。次第に絶望感に包まれ始める。
何でもない、ただのアクセサリーだ。でも、僕にとっては大事なお守り。ヤマメというのは僕の中で何とか残していきたい自然、森と川と海のつながり、清涼な水、河畔の木々、そうしたものを、あくまで象徴に過ぎないのだけど、象徴しているものだ。そして、それはいつも手元にあることで支えになってきていた。大学受験を共に超えた、本番試験で焦りが生じた時、外していた腕時計をつけたら心が落ち着いた、ワンゲルで行った山、沢、冬山、いつでもこのウォッチリングがともにあった。日本列島縦断自転車旅行、心の旅熊野古道、ネパールのトレッキング、冬の八ヶ岳単独行、北上川長良川四万十川犀川空知川、クワウンナイ川、葛根田川、湯檜曽川本谷、大峰山脈積雪期単独縦走、いろいろ一緒に行ったなぁ。滝から落っこちた時も共にあった。デートの時もいつでも一緒だったし。それが失われた・・・・
呆然と立ち尽くしてしまった。今日はもうカヌーはやめようと思った。どんなものもいつかは失われるものかもしれない。その無常観は持っている。でも、今失くしたくはなかった。今回、ドライスーツとニンバスのパドルを新たに加えたが、そのため、時計とウォッチリングを失くしてしまったことが、余計に暗くしてしまった。仕事も何もしたくなくなった。がっくりきていた。
ドライスーツの着替え後に付近を通った人が戻ってきていたのでそれとなく聞いてみたが、わからない様子。
随分へこんだが、最後にもう一度じっくり探すことにした。ドライスーツを着た人間がカヌーを漕ぎ出したかと思うと戻ってきてその後あたりを注意深く眺め続けるのだから、怪しかったかもしれない。そんなことは、でもどうでも良かった。こうなったら湖の中でもどこでも探す、と着替えをしたところから少し離れた水際もしっかり探していたら、波打ち際に半分砂に埋まって水を被っている時計が見つかった!!
その時の喜び、安心感、安堵感、これはどうやって表現したらいいだろうか。
急に元気になって、荷物を整理し直し、軽やかに出発。中島を目指して漕ぐ。直線距離は3km強。
今回、新しくパドルを買ったことは書いたが、これを使いながら、いろいろ考えることがあった。まずは、ブレードが細いということで風には煽られにくいということが良くわかった。また、細いので漕ぐ力はあまり必要なかった。そうは言っても、しっかり水をキャッチできる構造なので、しっかりも漕げるのだけど。そして、こうしたナローブレードのパドルでは、アンフェザーで漕ぐことが思っていた以上に漕ぎ易いこともわかった。
ダブルパドルは、普通、左右のブレードに角度がついている。これをフェザーといって、漕ぐ際にはフェザーリングといって、手首を返す動作をする(右利きなら、右を漕ぐ場合はそのまま漕ぎ、左を漕ぐ際に手首を上に返す)。これに対して、アンフェザーというのは、左右のブレードに角度がついていなくて、同じ向きとなっているものをいう。僕もこれまではフェザーでばかりカヤックを漕いできた。そしてその漕ぎ方が体に染み付いている。
しかしながら、8000年の歴史を持つと言われるアリュートのシーカヤックの歴史がたどり着いた結論は、アンフェザーで、ナローブレードのパドルだった。新谷暁生さん+内田正洋さんの本及びシーカヤックの指南書を読んで以来、アリュートにちょっと興味ありの僕は、今まで持っていたパドルでアンフェザーで漕いでみたのだけど、全然しっくり来なかった。漕ぎにくくて仕方がなかった。そして、これは今はまだ使えないなと思っていた。
が、今日は、アンフェザーで漕ぐことが出来た。逆にフェザーで漕ぐといまいちだった。これまで使っていた(これからも使うけど)パドルは、ブレード幅が16cmの標準的なワイドタイプ(ナローブレードに比べればということ)のものだ。これだと確かに漕ぎ辛かったのだが、ナローブレードでは、自然だった。最初の水にパドルを差し込むところでナローブレードだとアンフェザーで気にならなかった。そして、先週カヌーショップで平岩さんに教えてもらった漕ぎ方(上半身全体を使い、腕をあまり使わない漕ぎ方。スタミナ切れを起こし辛いとのこと)を試してみてもアンフェザーの方が漕ぎ易かった。
なるほどなと思った。
学んだことは他にも。これまで僕の乗っていたカヌー(アルフェック ボイジャー450、エアー トムキャットソロ)は、非常に安定性の高いものばかりだ。そして、それは川旅の醍醐味だった。危険箇所、流れの激しいところ以外はパドリングせずに、ぼんやりと流されていく。それは素晴らしい時間。それをするには、高い安定性が必須だった。そしてそうしたカヤックに僕は乗り続けて、そうしたツーリングカヌーに体が慣れきっていた。
ところが、今年買ったシーカヤックは、これも安定性は高いのだけど、流石に前のものほど良くはない。大分慣れたが、初めて乗ったときはカメラを構えたり、双眼鏡で鳥等を見ていると、フラリとしてヒヤリとした。こうした一次安定性(一番最初のふらつき具合)が低いカヌーでは、冷や冷やし続けるしかないのかと考えていた。
で、先々週、平岩さんと話している時に、シーカヤックで転覆する時の話題を話している時、なるほどなと思うことがあった。シーカヤックが転覆するのは、手を休めているときだという。漕いでいる間は二点支持(カヤック本体・漕いでいるサイドのパドル)でバランスを取るが、漕いでいない間は言わば一点支持だから、気づかずにうねりや波を受けたときにひっくり返ることがあると。だから、漕ぎ続けていればまずひっくり返ることはないのだよ、と話していた。
なるほど、僕もカヤックを漕いでいる間はそんなにふらつかなかった。パドルを休めていて、他の事をしている時にふらつくから(慣れればそれも十分可能だが)、常に漕いでいるのが安定のコツだった。
ナローブレードのパドルというのは、ワイドブレードに対して水のキャッチが弱いので、パドリングは軽いが、スピードを出すには、常に進んでいる速度以上のスピードで漕ぐか、漕ぎ続けないと速く進めない。が、逆に言えば、軽やかに素早く漕ぎ続けられるということ。例えば80kgの、ちょっと重過ぎかな、70kgのベンチプレスだったら、10回やると結構疲れてしまうし、素早くは出来ない。が、15kgのベンチプレスだったら、長い時間、しかも速い速度で上げ下げが可能となる。
何を言いたいかというと、不安定なカヤックは常に漕いでいるということが安定することであり、そのためには強い力のパドリングをヨイショ、ヨイショとするよりも、軽い力でパドリングを何度も継続して行う方が良さそうということ。アリュートのパドルは細く、そして長さもそんなに長くなかった。これは、速いピッチで漕ぎ続けていた(漕ぎ続けられる)ということ。そしてそれは不安定な海面での安定性が高くなるということ。
その点を考えても、シーカヤックをナローブレードで漕ぐことは非常に理にかなっているなと思った。
実際に漕いで見るまで全然わからなかった。リバーカヤックでは今後もワイドブレード、フェザーを使うだろうが、シーカヤックはナローブレードでアンフェザーで漕ぐ事をしっかり練習してみようと思った。そして、インチューンパドルのアリュートパドルが本当に欲しくなった。やばい。(FRP製のモデルはフルオーダーメイドで45,000円なり。)
最も、僕の乗っているアルフェックのエルズミア480は二次安定(傾いてから、ひっくり返るときまでの安定感)のしっかりした船であるから、あんまりひっくり返ると心配しなくてもいいのだけど。
漕ぎ続けて、中島に近づく。晴れているのだが、時々気まぐれに弱いが粒の大きな雨がうつ。島に近づくとオジロワシが一羽舞い去っていった。中島の結構手前から浅くなっていた。島に近づくと風除けとなり波が穏やかになった。そこの水中の砂の模様の美しさに惹かれた。なかなか素晴らしかった。紅葉はちょうど良く、振り返ると出発した砂湯の施設が遠く、そして周りは全て紅葉の森だった。
屈斜路湖の湖畔の美しさはどう表現したらいいだろう。湖岸直にはほとんど人工物がない。そして透き通る水。釧路に来るまでほとんど知らない湖だったのだけど、今の評価は相当高い。
島は、森林管理署により上陸禁止の看板が立てられているのだが、上陸した。が、島の中には入らず、水際2m以内をうろちょろした。カヌーから荷物を降ろし、昼ごはんを食べる。鹿の足跡が走っている。陽が差し眩しい。沖合いに風により生じた波。今いる静かな湾に、時折その波の余韻が伝わってくる。
いい場所だ。一泊キャンプして、中島を探検したいなと思った。
中島について説明しておくと、直径2.7km程の島で、無人島。東側の砂湯から約3.2km、南側の和琴半島の先端から約3.7kmの距離がある。西の方は距離が1.5kmほどしか離れていないのだが、そこまで車が入れるかどうかよく知らないので、今回砂湯からの出発とした。島の最高点の標高は355.2m、屈斜路湖面の標高が121mなので、234mの小山があることになる。
今回、島をぐるっと一周する(約10km)気でいたのだが、腕時計を失くし探していた事と朝遅かったことで時間がなくなってしまった。残念だけど、今日はここまで、としばらくのんびり過ごした後、帰路につく。
これまで岸辺から1km以上離れた所を漕いだ記憶がない。今回は中間地点は1.5kmの沖合いだった。これもまた経験となる。ドライスーツを着ている安心感と、シーカヤックは漕ぎ続ければ安定している、という確信を掴んだので、行きにあった不安は帰りには全然なかった。
時折ぱらついた雨は上がり、藻琴山の麓から虹がかかった。紅葉の森の麓の湖面から輝く虹はそれは大変美しかった。
戻ってきて、片付け。紅葉が美しいので、片づけをしながらも何枚か写真を撮る。
小一時間かかって全て片付け終え、川湯のパン屋さんに寄ってから、帰ってきた。
夕食は、19時に待ち合わせ、事務所の若手4名と一緒に回転寿司屋にいった。
時計を失くしかけヒヤリとしたが、結果は楽しい休日となった。