羆三昧の一日。

捕獲後首輪を付けて放す(まだ麻酔中)

昨日、朝に東京から飛行機で戻ってきて、すぐに車を運転してウトロに行った。漁協の方に説明すべきことがあった。十時半前に事務所に着いて、十一時半過ぎに出発したから、結構ドタバタした。漁協ではウトロの自然保護官にも同席してもらい、一時間いろいろ話をした。心配していたことはなさそうだ。ほっとする。その後は、知床財団に行き、2時間ほど打ち合わせ。夜七時過ぎにウトロの事務所に戻ってきた。今、ウトロには秋刀魚が押し寄せてきていて、ヒライさんと一緒に拾いに行った。港に行くと、10秒に一匹は簡単に手づかみすることが出来る。大きいものを選んで捕った。本当に簡単。僕は長靴すら履かずにいた。ライトを照らすと驚いた秋刀魚が一斉に跳ねる。それは圧巻だった。北から南下する秋刀魚が誤ってオホーツクに入ってしまって、逃げられなくなったもの。放っておいてもこのまま死滅するもの。ありがたく頂く。夜は、ヒライさんの家で秋刀魚パーティーだった。ヒライさんの家にある、約30万円で買ったというマッサージチェアーは素晴らしかった。
さて、今日は、知床五湖をぐるっと一周回ることということでやってきた。知床国立公園の利用適正化検討会議で、五湖のあり方の検討もしているのだけど、3〜5湖はまだ、まだ行ったことがなかったので、是非見てくるようにということで見学に行った。知床連山には雪が降り積もり、素晴らしい眺め。五湖も27日、来週月曜日には閉鎖されてしまう。
晩秋の平日の朝ということもあり、駐車場に行くも全然車はなかった。当然だが、周回歩道(約90分)にも全然人がいない。この歩道は、春から夏にかけてはヒグマが出没する(10頭程度の行動圏内)ので1〜2湖から先の3〜5湖は閉鎖されている。秋はヒグマの利用頻度が減るので開放されているが、誰もいなくてぽっつり一人というのは、流石にドキドキするものだ。ここの過剰利用が問題になっていて、連なる人が知床五湖本来の自然の雰囲気を壊してしまっているため、区域を指定して立ち入り人数を調整することができる「利用調整地区」の指定も含めた検討が始まっているところだが、今日は、ぽっつり一人でまわり、図らずともその気分を味わうことが出来た。
全ての湖は凍り始めていた。岸辺の一部を除き、凍り付いていた。ひっそりとした森。ふと立ち止まるとあちこちから聞こえる小鳥たちの鳴声。凍った水面に輝く知床連山。ひんやりとした空気。森の香り。湖から流れ落ちるせせらぎの心地よさ。湿原。本当にいいところだった。夏に2回、1〜2湖に行き、騒々しく、その良さはわからなかったが、今日はここの良さがひしひしと伝わってきた。
三湖を半分回ったところで、前方をやや大きめの鳥が横切った。近くにとまり、木を突く音。そっと覗くと、ほんの10mほどしか離れないところでクマゲラが木を突いていた。大きいなぁ。こんなに間近で見るのは初めてだ。ラッキー。写真に収める。
湖が凍り、ひっそりとした空気が漂っていた。誰もいない知床の森の中で、そのよさを噛み締めていた。
知床五湖も今週末まで。来週月曜日を最後に閉められる。連山に雪がかかり、美しく、また人も少ないので行く価値はあります。
戻ってきてから、今度はフレペの滝に行った。これも是非見ておかないといけない場所。大した感動はなかったのだけど、連山の眺めはなかなかだった。
幌別橋の所に来ると人集りが出来てきた。秋刀魚が押し寄せていて、幌別川河口のところでは5m程の幅で波打ち際に打ち上げられた秋刀魚が重なっているのだけど、それにヒグマの親子がついたのだった。恥ずかしながら、これまで野生のヒグマを見たことがなかった。野外でクマは過去に4回遇っているが、それはいずれもツキノワグマだった。2001年にワンゲルで知床岳に行った際に、ポロモイ台地でヒグマと思われる動物によりすぐ近くの藪の激しい動きはあったが、目撃は出来なかった。釧路に赴任して7ヶ月半。デスクワークに追われ、なかなか野外に出られず、見る機会がなかったのだった。
今、目の前には、ヒグマの親1匹+仔2匹が、悠々と歩いていた。そして川を挟んで反対側にカメラマンの群れ。接近があれば、何が起こるかわからないからクマスプレーを持っていったが、そうこうする内にクマは斜面に引き上げていった。
のっし、のっしと歩くクマは、その離れた距離からであっても威厳があった。そしてついて歩く子熊2頭。ヒグマを見ることが出来た嬉しさと、あまりにも人里近い場所でいるクマにやや驚き。ウトロの市街地から1kmと離れない場所でのこと。引き上げていったクマは、そのまま斜面の中腹に行き、そこで休憩していた。
ウトロの事務所のチバさんとアサクラさんがやってきて、様子を伺う。クマが引き上げ、カメラマンたちも引き上げ始めた後だったので、特にアクションなく引き上げる。昨日は知床財団が追い払いを行ったところ、カメラマンといざこざがあったらしい。クマに関する教育を人間にしっかり出来ればいいのだけど、押し寄せる観光客にそれは効かない。だから追い払わざる得なくなる。悲しいかな。これがでも現実。
クマが引き上げた後の海岸では、何人ものヒトがスーパーの袋を片手にサンマを拾い集めていた。
さて、今日は、これで帰る予定だったのだけど、昨日知床財団に打ち合わせに行った際に、五湖の近くで学術研究用の檻罠にかかったヒグマがいて、明日標識+GPS首輪の取り付けを行うから、時間があったら一緒に来ませんか、とのお誘いを受けていた。なかなかそういった機会もないので、参加させてもらうことにした。
13時集合。大変珍しいことらしいのだけど、自然死したヒグマが鳥獣センターに運び込まれていた。岩尾別の孵化場の対岸で死んでいたものが、今日ついさっき運び込まれたものだった。この春にタグをつけた個体で、春には29kgの小熊だったのが、84kgになっていたが、死んでしまっていた。見ると、胸周りが一周30cm程の幅を持ってべろりと皮がはがれていた。内臓も出ている。胸部に陥没があり、おそらくクマ成獣に襲われて(喧嘩して)殺されたのではないかとのこと。内臓が出ているのはおそらく鳥の仕業で、死因は食べるために襲われたものではないようだった。ヒグマにとって、ヒグマは想像以上に恐ろしい存在なのかもしれない。そして、こうして把握されずに自然死しているヒグマが実はかなりあるのではないかと想像。死んだ個体を見て触れながら、自然の厳しさも感じていた。
さて、檻に入ったヒグマの計測・首輪装着は、9人で行った。僕は突然参加なので写真記録係となった。打ち合わせ後、車2台に乗って、現地へ。場所は知床五湖手前の森の中。
オカダさんとコヒラさんはハンターで、獣医師でもある。まず二人でライフルを持ち、檻へ近づく。その間、他の人は車の中に待機。周りの危険(別のクマがいないか)、檻の強度は保てているかを確認した後、荷物を持って、檻の傍に行った。
檻は、ドラム缶を二本連ねた構造で、格子柵ではなく、一枚の鉄板で蓋されるため、中はかなり暗くなっていて、中に入ったヒグマが暴れない構造になっている。檻に取り付けられた隙間窓から中を伺う。重低音の唸り声が鳴り響く。大体100kg程度、と目途をつけ、適量の鎮静剤、麻酔薬を吹き矢に充填する。檻の隙間から、吹き矢が放たれ、重低音の唸り声が響く。鎮静剤2本、その後麻酔薬を2本打ち、しばらくするとヒグマは静かになった。鉄板を少し開け、ヒグマが麻酔にかかったことを確認してから、檻を開け、木をかませ、口周りをぐるぐる巻きにして、眼軟膏を塗りアイマスクもつけた後、外に引っ張り出した。甘いような脂臭いようゴミ箱臭いような独特のヒグマのにおいが広がる。この間、この後ずっと一人は呼吸量を計測し続けている。
引っ張り出したヒグマの手足を縛る。それから、体重を計測した。107kgなり。おそらく2歳で、オスの個体だった。体調、首まわり、胴回り、とテキパキと計測していく。ヒグマの詳細な行動を把握するためのGPS付首輪を装着。耳周りは毛を刈り取られた後、タグが付けられた。歯茎からは血液サンプルを取る。お尻の付近からは毛のサンプルが取られていた。
あっという間にそれらの作業は終わり、荷物を片付けた後、縛りつけいた紐を外す。アイマスクも轡も取られた後、オカダさん、コヒラさんを残し、残りの人は退散。覚せい剤を打ち込んだ後、二人も戻ってきた。そして車に乗って撤収。目の前には雪をたたえた連山が堂々と横たわっていた。
貴重な体験をさせてもらった。いい経験だ。今日は、野生のヒグマ3頭、死んだヒグマ1頭、そして檻にかかったヒグマ1頭
その後は、釧路に帰る。車の中、ラジオから流れてきた「GET WILD」が懐かしく、またそれを聴きながら、いろいろな時もしっかり頑張ろうと不思議と気合が入った。
事務所に帰り着くと、夕方18時だった。明日午前9時から札幌の北海道庁で打ち合わせがあるため、18:42発の札幌行き最終特急に乗ることになっていたので、あたふたと準備をした。メールで締め切り明日中の作業依頼が来ていたのがチラッと見えたが、今はどうしようも出来ない。明日、札幌から戻ってきてから作業するのだろう。
やり残している仕事も多数。やばいな。でも今日は、ちょっと今後の自分のために時間を使わせてもらった。この経験はしっかり活かしたいな。
札幌行きの特急の中では、疲れもあって熟睡。十時半過ぎに札幌に着き、ホテルで明日の打ち合わせ事項を復習してから、眠りについた。
ヒグマ三昧な一日だった。