花山歩道往復

原生の森

朝五時前に起きた。慌しく準備を済ませ、すっかり空気の抜けていたバイクの前輪に空気を入れ、とガソリンが少ないことに気がつき予備で持っていたガソリン1リットルをバイクに給油し、家を出発。僕のバイク(ヤマハ セロー225)は燃料計が付いていないので、1リットル30kmで計算して給油の目安を決めている。今朝の段階で既に200km走っていて、燃料タンクが10リットル(うちリザーバーが2リットル)なので、240kmで大体一端ガス欠になる計算なのでまずいと思った。まあ燃費良く走っていると35kmぐらい走るので、大丈夫な可能性も高かったのだけど、いつも200kmを越えるとそろそろ、と考え始めるのでどこか不安があった。
職場にエアリアマップを取りに行ってから、花山歩道入り口を目指す。薄っすらと明るくなり、尾之間の集落では満月に近い月がモッチョム岳の上に、その先では向かう先に輝く。栗生集落を過ぎて林道に入り、合計約50km走って6:40に登山道入り口付近に到着。予定していたよりも遅くなってしまった。着込んでいた服をザックに詰め、手早く準備して登山口まで歩いていく。
今シーズンの狩猟期より、屋久島でヤクシカのメスの狩猟が解禁となる。が、過去に起きた事故(有害捕獲中に、ハンターが国有林の作業員の方の付けていた白いタオルをシカのお尻と間違え、発砲し、死亡した事故があった)を踏まえ、十数か所の銃猟禁止区域が設定されることとなり、登山口には銃猟禁止区域の赤い看板が新設されていた。
今回歩くことにした花山歩道は、標高510mの登山口から登り始め、標高900mを過ぎてから屋久島原生自然環境保全地域の北側を接するように登山道が伸び、標高1640m付近を乗越して鹿之沢小屋に至るルートだ。屋久島に今年の四月に来てから、結構いろいろな山に行き、宮之浦岳なんかは仕事とプライベート併せると15回ほど登っているが、この花山歩道は行きたいと思いながら行けていなかった。いや、正確には標高925mのところまでは調査同行で行ったのだけど、その上には行っていなかった。が、原生自然環境保全地域を有するだけあって森と木の本当に素晴らしいところ、とは聞いていて憧れだけは募っていた。仕事ではなかなか行く暇がないので、今回はプライベートで行くことにした。ちなみにまだ行っていない主要ルート(?)は、楠川歩道、尾之間歩道、マイナールートでいうと湯泊歩道、栗生歩道がある。登山道はないけど行ってみたいところの一つの国割岳も残っている。う〜ん、まだまだ屋久島を語るには早いかも。
さて、6:55に標高510mの登山道入口を出発。雲がかかっていることもあって、森の中はどこか薄暗く不気味。シカが何頭も走り、サルがすぐ近くで大騒ぎをしたので、コラッ、と声を出して威嚇しておいた。
7:36に標高925mを通過して、いよいよ初めて通る道に差し掛かる。ちなみにここにある世界自然遺産登録地域の看板の説明の中で、何故か「世界貴産」と書いてあるところがあって、何故そんなミスをしたのかわからないのだけど、今度ペンキを持ってきて直そうと思う。
斜面のトラバースが続く。1010mを過ぎて少し開けるが、その少し上のところは7月に来た台風四号で大きな木が倒れ、完全に登山道が崩壊していたので、その時は事務所で道を直しに来ている。再び森の中を進み、その後斜面を直登していく。ぼんやり考え事をしながら歩いていたら、道を間違えて30mほど歩いていて、慌てて戻った。ややわかりにくいところもピンクテープが付いているので、それをきちんと追っていけば道を間違えることはないのだけどね。
森の雰囲気が良くなってくる。1250mを乗越すと、平らになり、右手の原生自然環境保全地域の森が格段に美しくなる。ちょっと行った先に躍動感のある大竜杉。そしてなだらかな道を歩きながら、花山広場と名づけられた広場に8:27に到着。スギとハリギリの大木がある。ここのルートには他にもモミの大木、ツガの大木、ヒメシャラの大木、リョウブの大木、ヤマグルマの大木なんかがあった。この広場は地図で見ると花山歩道のちょうど中間地点ぐらい。このペースだったら10時ごろには着けるかも、と目論む。
その先も森が美しく、歩いていて楽しかった。ただ、標高をあげていくと次第にガスがかかってきて、遠くの展望がなくなる。1481mのところにある大石展望台には9:17に到着。そしてさっさと歩き続けて9:55に無事鹿之沢小屋に到着した。先週の木曜日ぶり。利用台帳を見ると、それから少なくとも4名の宿泊者がいたことがわかった。
休憩時間含まずのコースタイムが五時間半(標高差1100m、片道9km)のところを、休憩込で3時間ちょうどで着いたので、まだまだ自分は若いなと思った。せっかくなので、永田岳山頂まで行かないにしてもローソク岩ぐらいは、と思ったが、ガスがかかり何も見えなさそうだったので、さっさと帰ることにした。そう、今日の目的は花山歩道を堪能すること。
みかんを食べてから10:10に鹿之沢小屋を出発。そうそう、この日は朝御飯を食べていなかったのだけど、山を降りるまで食べたのはみかんだけ。ただ、体脂肪を効率的に代謝してエネルギーに換えるスポーツ飲料のVAAMは飲んでいて、これは本当によく効くと思う。食料を減らせるし、体重も減らせるし。
帰りは、写真をたくさん撮りながら進む。初めはシャクナゲやスギ、ナナカマドなんかが良く目立つ林。さっき歩いたばかりの道だけど、進む方向を変えるとまた違った見え方がある。
花山歩道の途中には原生自然環境保全地域の制度説明をした看板が6箇所(古いのも入れると7箇所)あるのだけど、それに地図が印刷されているのだけど、現在地が示されていなくてあまり役に立たない。なので、今度「現在地」というシールを持って直そうと思っているのだけど、そのために看板の正確な位置を地形図とGPSをにらめっこしながら落としていった。
歩いていると霧が晴れてきて、1616mのピョコには、低い平らな花崗岩の縦横1m程の岩が埋まっているのだけど、そこから宮之浦岳が良く見えた。10:55に1481mのところにある大石展望台に着く。ここはエアリアマップでは1410m付近にあることになっていて、場所が間違っている。大きな割と平らな花崗岩の上から、森を眺める。遠くの眺望はあまりないのだけど、森の雰囲気は良くわかる場所。白骨樹も美しい。
大石を出発してすぐに、うっかり木の根に右膝を強く打ち付けてしまって、うめく。痛たたたた。こんなにきつく打ち付けてしまうのも久しぶり。まだまだ下りは長いのに。2分ほどうずくまってから歩き始める。ちょっと膝に気を使いながら歩くことになった。
森が美しい。ガスが晴れたおかげで、行きよりもずっと森が輝いている。次々と現れる巨樹、特徴的な木々に見惚れる。歩いていて本当に楽しい。花山歩道の森は素晴らしい、ということがよくわかった。きっと昔はこんな森がいっぱい残っていたんだろうなぁ。
標高1320mのところで、登山道の右側のハリギリの大木に出会う。行きは気がつかなかった。このハリギリは本当に大きくて貫禄があった。ハリギリは木目のはっきりした白い材で、建築の内装、木箱なんかに使われるのだけど、屋久島ではミヤコダラと呼ばれていて、ミヤコダラの精の話(ミヤコダラの大木を切り倒そうとしたら、木を切り倒す不思議な(不気味な)音がして、怖くなって逃げたとか)も残っている。この木はエアリアマップにも載っているのだけど、場所が間違っていて、実際は250mほど北東にある1320mのところにある。
コケ、木漏れ日、巨木、倒木更新、そうしたものを楽しみながら、11:47に花山広場まで戻ってきた。巨樹に囲まれる圧倒感と心地よさ。ただ、保護林の制度解説看板だけがやたらと大きくてせっかくの風景を壊しているのが残念でならない。写真を撮るときに証拠写真のために看板とかが欲しい場合と、そんなもの絶対に要らない場合とある。ここに設置された看板は、せっかくいい写真を撮れる場所を壊しているものだった。センスないなぁ。花山広場は広いし、水場もある(らしい)ので、いざというときには泊まるにはいい場所だと思う。その先、前から3人パーティーが登ってきて、見るとガイドのオバラさんで、2名のガイドをしていて、花山広場で昼飯を食べてから帰るというツアーだった。オバラさんには前も沢登りの途中であったことがあった。いろいろ話をする。先週小楊子山に行った話をすると、原生自然環境保全地域の学術調査をしたころ(昭和55年頃(だった気がする・・・))は小楊子山のところにも道があったという話を聞いたことがあるとのこと。今度行くのなら、雪の締まった残雪期(2月)が行きやすいのではとのこと。山用のショートスキーを持っていって、小楊子山を滑ってくるのは楽しい気がした。他にもいろいろ話をする。
1250mを過ぎると非常に印象的な森が終わり、それでもそこそこきれいな森が続く。標高900m以下になると地面に落ちているどんぐりが増えてきて、植生の変化を感じた。660mの展望ポイントからは栗生の集落が良く見える。そして、登山口に13:32に戻ってきた。オバラさんと話をしていたとはいえ、行きよりも時間がかかってしまった。でも写真は200枚以上撮ってきたんだ。そして、花山歩道の森は素晴らしかった。
いつガソリンが切れるともしれない(リザーバーに2リットル分はあるのだけどね)バイクに乗り、林道を戻り、県道に出た。朝はバイクに乗っていると着込んでいないと寒かったが、天気良く、Tシャツに一枚薄手のシャツを羽織るだけで全然寒くなかった。平内のガソリンスタンドで給油。ガス欠までギリギリだったかなぁと思っていたのだけど、今回は33.5km/リットル走っていたらしく、意外なほど燃料が残っていて拍子抜けした。
家に帰ってくると、洗濯、そしてシャワーを浴びる。疲れがどっと出て、一時間半ほど睡眠。明日も熊本事務所にいる後輩の道案内として山に行く予定だったのだけど、ちょっと体調不良で今日来れなくなったので、明日の山はキャンセルとなった。明日別の山に行くから今日は慌てて日帰りで花山歩道を往復してきたんだけどなぁ。仕方がない。最近山が続いて部屋が随分散らかってきたので、明日は久々部屋でも片付けておくかな。
晩飯の時に冷凍庫に入れて半分凍らせた日本酒を飲んだ。すっきりしていてなかなか美味しかった。
花山歩道を往復した一日が終わった。