七五岳・烏帽子岳巡視

朝五時に起きる。準備を済ませて五時半に家を出る。まだ真っ暗。冬至までもう少し。今日は晴れ渡って満天の星空。
六時に事務所を出発する。今日の面子は僕とナガオカさんとフジイ君。七五岳・烏帽子岳に行くのは初めて。期待に胸膨らむ。
湯泊(ゆどまり)集落から林道に入っていく。道が分かれていて初めてだと迷う可能性が高い。ちょうど一ヶ月前に下見に来ているので、その記憶を辿りながら道を進む。ゲートを開けてさらに進む。途中の路肩が崩壊しているところは素早く駆け抜ける。
湯泊歩道の入口に着くと、ちょうど朝日が昇ってきて、まばゆい。七五岳の雄姿が見える。これからあの山に登る。
さて、七時半前に出発。今回はGPSを口永良部に行ったヤマザキさんに貸しているので持って来ていない。ということで地形図を読みながら登山道を進む。森が美しい。巨樹・巨木があるわけではないのだけど、雰囲気のいい森だ。そしてコケがきれいだ。昨日雨が降った影響もあるのかもしれないけど、ふさふさしていて、見ていると嬉しくなる。
歩き始めて30分。980mのところで登山道が二手に分かれてどちらにも目印が付いていた。右じゃないのかなと思いつつ、先頭を歩いていたナガオカさんが左に歩いていくので着いて行く。今回のルートの経験者はナガオカさんだけ。
と、やや歩きにくいところを越えて沢を渡ることになった。おかしい。地形図上でもこの沢を渡ることにはなっていない。変だ、という話をする。ナガオカさんもこんな沢を渡った記憶がないという。戻ることにした。
先ほどの分岐を右に行くと、そのまま順調に進むことが出来た。何の道だったのだろうか?
時々地図を読みながら登山道を進む。途中に∩の形をしたヒノキがある。七五岳の分岐を過ぎて5分も歩くと烏帽子岳分岐に出る。ミノの小屋跡、と書いてある場所なのだけど、漢字で書くと「三濃」らしい。ここには烏帽子岳分岐とも何も書いていないので、ピンクテープにマジックで「烏帽子岳⇒」と書いて、幹に巻きつけてきた。
烏帽子岳までの道は少しだけ藪がかかっているところもある。最後は急登になって大きな岩がチョコンと載った烏帽子岳に到着。
素晴らしい眺め。国割岳、永田岳、宮之浦岳、黒味岳、高盤岳、ジンネム高盤岳、鈴岳、破沙岳、七五岳とぐるりと見渡せた。眼下には平内、湯泊の集落が見え、おーぞら高校の羽を広げたような特徴的な校舎も良く見える。携帯が通じたので事務所に電話して、電話に出た事務補佐さんに、すっごく眺めが良くて事務所も見えるよ、と話をすると、本当ですか!!と驚いてくれた。その素直さがいい(実際はまったく見えない)。
国割岳の左手には口永良部島があった。花山歩道が走る尾根がはっきりと見える。ふと七五岳の向こうに、空に浮いたように見える大きな山を見つけた。それが口之島と中之島だった。双眼鏡で覗くとその先の諏訪之島、臥蛇島も見えた。感動。海と空が融合してその境界を曖昧にして、その上に浮かんでいる島々。空に浮かぶ島々の伝説は、こんな風景から生まれたような気がした。
あらためて屋久島の奥岳の森を眺める。ぎっしり詰まった森の中に、白骨樹と花崗岩の白色がアクセントになっている。連なる山々。ジンネム高盤岳の森の向こうに宮之浦岳をはじめとする主峰が並んでいるのがいい。今年の四月に初めて屋久島に来て以来、それなりにたくさんの山を登ってきたつもりだけど、ここ烏帽子岳から見る森の奥行きは素晴らしかった。
景色もそこそこに戻る。烏帽子岳の山頂の岩に氷柱がついていることに気が付く。今日は天気が良くて暖かくて快適なのだけど、冬はそこにまでやってきている。
七五岳分岐まで戻る。昼ごはんを食べる。ナガオカさんがちょっぴり調子が悪いらしく、話し合った結果七五岳往復の間、この分岐で待ってもらうことになった。今11時半だけど、順調に行って帰ってくれば13時には戻る、もし14時になっても戻らなかったら山を下って、携帯の通じるところから事務所に連絡を入れてください、それと絶対に下り方向以外は進まないこと、と他も合わせていくつか話をして、車の鍵と魔除けの刃物を渡しておく。分岐は日当たりが良く、風もなかったので暖かく、待っているには悪い場所ではない。
さて、出発。快適な道をさくさく進む。森が美しい。さっきも書いたけど、コケが美しい。しばらく進むとアップダウンが始まって、服を着込んでいたので暑かった。七五岳の岩壁を望む直前のコルのところまで来ると道が二つに分岐していて、これは右に進む。わかりにくいのでピンクテープにマジックで「七五岳山頂へ」と書いて、右のルートにつけておく。地図を見ると、行きに間違えた道はひょっとしたらこの左の道に通じるのではないかと思った。確証はないけど。今度確認してみてもいいかもしれない。
七五岳の登りは、若干の岩場となり、ロープ設置箇所もある。その急登を登る。雨の日は念のため下り用に10m程の補助ロープを持って行ったほうがいいかもしれない。藪が結構煩い場所があって、枝が腕に当たる。そして山頂に到着。
素晴らしい眺め。振り返ると烏帽子山とそこに至る尾根筋。他の景色は烏帽子山に通じるところがある。違うのは、七五岳の絶壁と、黒味林道、黒味川沿いの膨大な植林地の眺め。そう、ここに来ると伐採と植林の跡が非常に良くわかった。烏帽子岳は自然林が素晴らしかった。七五岳は、絶景の眼下に広がる国有林の歴史を目の当たりにすることになる。
「なーがーおーかーさーーーんー」と大声を出すと、木霊が三回ほど答えてくれた。屋久島の山は良く木霊が聞こえる。この響き、癖になるぐらい気持ちがいい。それに続いて「はーい」との声。距離は1km。届くらしい。続いて笛で三三七拍子。三三七拍子で返ってきた。
15分ほど眺めを堪能してから帰路につく。帰りは、過去にピンクテープで行き止まりとした場所を一昨日に買った細引きロープに替える作業をやった。こっちの方が格段にセンスがいい。
七五岳分岐には13時に到着。でナガオカさんと合流して下山開始。途中、倒木処理を8箇所ほど。迷いやすそうなところでは、古いピンクテープを外して新しいものに替える。行き止まりという印の長いピンクテープを細引きへ付け替えるのも何箇所かやった。
行きに迷った980mのところには細引きをつけて、さらに上で拾ってきたきれいな看板を設置しておく。これで間違える人はいないはず。
夕方になり、太陽が弱々しい。その傾いた光が注ぐ森の中を歩く。モリゾーみたいにフサフサしたコケの塊を見つけて写真を撮る。手触りがいい。コケの森の感触。
車に戻ってきたのは16時を過ぎる。意外と時間がかかった。林道を下る。破沙岳が輝く。ゲートを鍵を開けて通過し、湯泊集落まで戻ってきた。16:50なり。
帰りは、スーパーに寄ってたこ焼きとたい焼きを買ってきた。事務所に18時前に戻り、さて残業するかと思ったものの、全然頭が働かない。これではいかんと、帰って寝ることにした。家で軽く一杯やってから20時に就寝。翌朝7時まで熟睡した。