年初め屋久島縦断縦走初日(大川林道入口〜花山歩道〜鹿之沢小屋)

ハリギリの大木

朝五時半に起き上がる。昨日は年を越してから1時過ぎに寝たので眠かった。ざっと準備を済ませ、6時過ぎに車に乗って家を出発。職場に寄って、地形図と目印テープを回収してから大川林道入口を目指す。次第に明るくなる空。雲は多いが、空に赤みが差す。2008年の幕開け。
正月に実家に帰らず屋久島にいることにしていたので、せっかくだからと山に行く計画を立てていた。当初12/31に出発で年越しを山で、とも考えていたのだけど、年賀状が書きあがらない&大晦日は平地でも雨が降るなど悪天候だったため元旦出発に変更した。しかしながら、年末から日本列島を覆った−39℃の寒気は、年明けても去る様子はなく、屋久島の山岳部は悪天候の様子。12月は全然雪がなかったが、ここ数日で山の様相は激変しているようだった。そんな必ずしもコンディションが良いわけではない中ではあったが、屋久島南西部の大川の滝の近くに位置する大川林道入口から、花山歩道を経て鹿之沢小屋に一泊、翌日永田岳(1886m)に登り、余裕があれば宮之浦岳(1936m)を往復してから高塚小屋に一泊、最終日に縄文杉を拝んでから辻峠、白谷雲水峡、楠川歩道を経て屋久島北東部の楠川のバス停まで降りてくるという、屋久島南西部から雪の中央山岳部を越え北東部に至るほぼ海抜0mから0mまでの縦断縦走!という野心的な計画を立てていた。
曇り空の大川林道入口に着き、車を降りザックを背負って7:25に出発。縦走後の車の回収を考え、いつもは車で行く大川林道の花山歩道入口までの5.6kmの区間も歩いていく。海は荒波が立っていた。雲の動きが速い。見上げる近くの山に日が差しているな思っていると、小雨がぱらついてきた。奥岳の山々はガスに包まれている。いつもは出発してしまえば怖さなんてあまりないのだけど、今日は歩き始めてからも一人冬山に入っていく孤独感、恐怖感に包まれていた。冬山の単独行は、大峰奥駈以来。あの時の体験が身に染みているのだとも思う。そして、「悪天候」という悪条件。
一時間半余り林道を歩いて花山歩道入口に到着。標高510m。無事縦走できますように、と願をかけてから登山道を登り始める。
登り始めてすぐにしんどくて喘ぎ始める。今回ザックが重い。アイゼン、ピッケル、ワカン、スノースコップ、補助ロープを含む久々の冬山フル装備であることに加え、一眼レフカメラ(交換レンズや一脚を含む)等のいつもは持ってこないものも持ってきている。加えて万一を想定して食料・燃料も十二分に余裕のある量を確保していた。軽くしようと根を詰めればもっともっと軽くなるのだけど、快適性も追求していくと結局は25kg以上の重量にはなってしまう。今回は28kg超ぐらいのザック重量だった。昔は30kgまでは全然平気、40kgになると結構しんどく、50kgになると大変、だったのだけど、最近は30kgの荷物を背負うことなんて全然なかったから、それが響く。加えて忘年会で体内に溜め込んだ脂肪分+運動不足がじんわりと効いてくる。昨夜の睡眠不足もあるのかもしれない。ペースが上がらず、少し欝になりながら、一歩一歩を踏みしめていった。
森の中を歩き、尾根に出ると日が差し込んできた。2008年最初の日の光を全身に浴びる。が、標高650mを超えた辺りで、ザーッという雨音を聞く。急いで雨具を着なければ、と考えたのだけど、それは雨ではなく霰(あられ)だった。見る見るうちに降り積もっていく霰。来るべきものが来たなと思った。
霰が降り続く中、喘ぎながら歩き続けていく。標高1000mを超えると雪の中を歩くことになった。手袋を着け、スパッツを付けて、ピッケルも取りだす。森の中が暗い。次第に雪の量も増える。相変わらず登りが続く。焦るな、焦るな、と思いながら登っていく。
1264mの焼峰のところまで来るとなだらかになる。積雪は本格的になり、足首の上あたりまで埋まりながら進んでいく。人の気配はまったくない。屋久島の中で最も原生的な森が残されている花山歩道。そのひっそりとした森の中を歩く。吹き付ける霰が冷たい。そう、ここには雪が降っていなかった。違う。屋久島の雪は、僕の知っている雪ではなかった。霰なのだ。ゆっくり舞い降りてくる雪ではない。しんしんと降り積もる雪ではない。ザーッという雨音のような音を立ながら、雨と同じスピードで降り注ぐ雪だった。夏の豪雨がそのまま凍っているイメージ。ビーズのようだ。その雪は、葉っぱに当たると、地面に着くと飛び跳ねる。それがどんどん降り積もっていく。氷の粒の立体感、不思議な屋久島の雪。
大竜杉を過ぎ、花山広場に着く。既に正午を過ぎていた。予想以上に時間がかかる。この先ラッセルがきつくなりそうだった。天気は2日までは悪いのはわかっていた。重いザックでバテ気味だった。そしてまだ鹿之沢小屋までは5km近くある。雪が降り続く薄暗い屋久島の原生の森の中に一人佇みながら、次第に不安が積もってきた。
不安を振り払うべく、一眼レフデジカメを出して写真を撮る。でもそんな余裕はないんだよ、という声に押されて、さっさと出発することにした。
雪の中に佇むハリギリの大木。寒々としていた。夏の暖かい日も、冬の凍てつく日もずっと生きてきたんだなと感慨に耽る。屋久島の巨樹の森。そこに流れた時間。気持ちにあんまり余裕はないのだけど、何枚かシャッターを切った。
屋久島に降り注ぐ雪は独特だったけど、他にも独特な点がいくつかあった。一つは、常緑広葉樹も多くある中に雪が積もっていること。ハイノキやアセビの木にびっしりと雪が付き、その重みで登山道にずっしりと覆いかぶさってきていた。それを手で払いのけつつ、ザックを引っ掛けながら歩く。それが結構しんどい。落葉樹の森では考えられないこと。
もう一つは、動物の足跡が、ほとんどシカしかなかったということ。内地にいると、ウサギ、キツネなんかの足跡がたくさん付いているのに、ここにはそれがない。それがちょっぴり寂しい。
歩いていると、子供が歩いたような歩幅の曖昧な足跡があった。誰が先行者がいるのだろうか、とも思ったが、たまに森の中にも入っていくので人ではないようだ。多分シカの足跡が雪に埋まったものなのだろうけど、ひょっとしたら山姫(屋久島にいると言われている妖怪)のものかもしれない、とちょっぴりの期待、そして大いなる不安を抱きながら、歩いていく。大丈夫、今回の重いザックの中には魔除けのための刃物まで入れてあるから。
雪は足首〜膝下になり、それらを踏みしめながら歩く。急傾斜の沢状地形の所では、斜面の上から降り注ぐ真っ白な大量のビーズの粒が次々と押し寄せてきていた。そのビーズの粒に膝〜太股まで埋まる。不思議な光景。
さて、風雪が強まり、木々の枝にびっしりと氷が着く中、1481mの大石展望台に到着する。山行を続行することを悩み始める。想像以上に天気が悪い。そして重い荷物にバテてしまっている自分がいた。救いはテントを持ってきていることと十二分な食料・燃料があること。その気になればどこにでも泊まれるんだぞ、と何度も言い聞かせながら、とにかく鹿之沢小屋まで行ってみようと頑張ることにした。でも弱気も繰り返し押し寄せてきて、何で俺は山に来ているのだろう、家でビールを飲んでいた方が楽で安全だぞ、なんて考えも浮かんでは消えていた。鹿之沢小屋まで行くのはいいが、鹿之沢小屋から永田岳、焼野三叉路、そして平石岩屋まで続くであろうきついラッセル。どのぐらいきついのか現時点では想像ができなかった。最悪のケース(腰ラッセルとか)を想定した場合、それをこなすには、もう少し余裕を持った計画(予備日を一日つけるとか)が必要ではないか、その余裕がないなら、もう戻るべきではないか、戻るのなら鹿之沢小屋まで行かずに、さっさと戻るべきではないか、雪が降り続き明日はもっとラッセルが大変になるぞ、そんな重い思いが何度も頭をかすめた。実際はまだ雪は軽いし、大したラッセルではないのだけど、如何せん初めての屋久島の冬山でバテてもいたので弱気になっていた。
1550mを超えてワカンを付けることにした。気持ちラッセルが楽になる。15時頃には鹿之沢小屋に着きたいと考えていたのだけど、その時刻は既に過ぎてしまった。重い足取りで進む。1616mのピークを過ぎるとホッとした。もう少し、もう少し、と気持ちを落ち着けながら進む。ここから鹿之沢小屋までが長かった。こんな悪天候では永田岳に立っても何も見えないし明日はもうさっさと花山歩道を戻ろう、そんなことばかり考えていた。鹿之沢小屋への下りは、雪がたっぷり積もっていて、一部は腰近くまで埋まりながら進む。明日、これを登り返すのかと思うと、憂鬱だった。ガスがかかって見通しの効かない森を見ながら滑り降りていった。
バテバテになりながら16:20に鹿之沢小屋(標高1550m)に到着。誰もいないかと思っていたが、2名の先客がいた。ザックの雪を払い、小屋に入ると、ポタージュスープを差し出してくれた。頂きホッと一息つく。それから飯を作った。今回は手抜きでレトルトのハヤシライスとα米だ。手早く作って、ガツガツ食べた。そう言えば今日は朝から食べたのがバナナチップ一袋だけだった。飯が足りていなかったのかもしれない。
2名の先客は、タナカさんとフジタさんという方で、千葉大の元山岳部の方々だった。そして何と共通の知り合いの方がいて話が弾んだ。世間とは狭いもんだなとも思う。二人は昨日楠川歩道から登り始め、高塚小屋に宿泊、今日は高塚小屋から永田岳を経てここに来て、明日宮之浦岳を越えて淀川小屋へ、明後日尾之間歩道を下って下山予定とのことだった。焼野三叉路から鹿之沢小屋まではトレースはなかったけど、高塚小屋から焼野三叉路まではトレースが着いていて、雪も軽いから全然苦労しなかった、との話を聞く。明日、どうされるんですか、と聞かれ、まだ迷っている、と話をする。
外は雪が降り続く。なので今日付けたトレースは明日は消えているだろうと思う。でも今日の様子を聞く限り、腰ラッセルが続くようなことにはならなさそうだった。当初予定ルートだと、二人も焼野三叉路までは同じ道を行くことになる。そして、主稜線上を歩いている人がいる確率が高い・・・一人ぽっつり、14.6kmの今日来た花山歩道を戻るのと、予定通り進むのとどちらがプレッシャーが少ないのか、安全なのか考えていた。前者の不安、後者への期待と不安。不安もあるけど、やっぱり先に進んでみたくなった。一度はもう戻る、と思っていたけど、無理のない範囲でチャレンジしたくなった。二人と話ができて随分勇気付けられた。この二人が山の状況・判断が共有できる山ヤであることも心地よかった。
雪、降り続く。鹿之沢小屋には雨のような音が響く。夜七時過ぎには眠りに付く。と、九時前に小動物の足音で目が覚める。鹿之沢小屋はネズミが出ることで有名で、食べ物はロープに吊り下げておかないとやばい。でも流石にこの季節はもう静かにしていると思っていたのだけど、やっぱりいるようだった。慌てて食料をロープに吊り下げた。トコトコトコッという足音を聴きながら、再び眠りに付く。一度シュラフの上に乗っかってきた(タックルしてきた??)ネズミがいたのは笑えた。外では相変わらず、雪が雨のような音を立ながら降り続いていた。

【所要時間】
7:25@大川林道入口〜8:55@花山歩道入口 9:05〜10:30@標高925m世界遺産地域看板 〜12:10@花山広場 〜13:00@ハリギリ大木 〜14:05@大石展望台 〜15:23@1616m 〜16:20@鹿之沢小屋