年初め屋久島縦断縦走二日目(鹿之沢小屋〜永田岳〜焼野三叉路〜高塚小屋)

永田岳山頂にて

目が覚めると五時を過ぎていた。お湯を沸かし、チキンラーメンを食べる。茶飯(鍋洗浄+エネルギー補給の為に作る砂糖たっぷりのお茶)代わりにVAAMをぬるま湯に溶かして飲む。これで今日はバテないはず。
山小屋の戸を開けると、雪の絨毯が広がる。30〜40cmは積もっただろうか。少し離れたところにあるトイレに行く。用を足すと温められたのかそれまで静かだったたくさんの蛆が蠢く。凍てつく寒さの中にあって、気持ち悪いながらも蠢く蛆にどこか哀れみと逞しさを感じていた。
6:30、まだ暗い中、一足先に出発する。昨日のトレースはまったく残っていない。樹林の中を足首〜脛ぐらいの軽めのラッセルをしながら進む。そんなに大変なわけではないけど、疲れる。天気は相変わらず悪く、雪が吹き付ける。途中の岩場はクラストしていて、アイゼンの爪がよく利いた。ロウソク岩展望台からの眺めもまったくなし。この先、樹林限界上となる。吹き付ける風が冷たかった。
八時前、1800mを越える頃2人に追いつかれる。途中からラッセルがきつくなり、膝〜太股ラッセルに苦しみ、また道がわかりにくく迷っているところだった。こちらは7時に出たのですが、昨日よりラッセルが大変なのでもっと早く追いつくと思っていました、と話を聞く。三人いると流石にラッセルも楽だし速い。吹雪く中、永田岳の山頂下に到着。ザックを置いて山頂に案内する。昨日はどこが山頂かわからなかったらしい。
永田岳(標高1886m)の山頂には8:20に着いた。まったく何も見えなかった。記念撮影をしてすぐに降りる。永田岳の祠のある岩屋にも行った。押し寄せる雪の横にひっそりと佇む祠。手を合わせて、これからの山の安全を祈願した。
さて、8:35には焼野三叉路に向けて出発。下りはさくさく進んだ。焼野三叉路までの登りを含む区間は膝〜太股のラッセルとなり疲れる。登山道上は埋まって進まないところは、横のヤクシマダケの中を進んだ。タナカさんとフジタさんにかなりラッセルをしてもらった。かなり体力を温存できたと思う。感謝。雪がなければ30分もかからない道のりを70分かけて進み、9:45にようやく焼野三叉路に着く。昨日はあったというトレースが今日はまったく無くなっていた。ここで二人とは別れることになる。宮之浦岳に行きたい気持ちもあるが、今日だと一時間半は余分にかかりそうだ。それだけの余裕はないと判断した。握手してから出発。一人は大変でしょうが、お気をつけて、と言葉を受ける。
さて、単独行に舞い戻った。心身に緊張感が走る。が、基本的に下りだし、平石岩屋(1/2万5千地形図やエアリアマップで「平石」と書いてあるところ)さえ過ぎてしまえば樹林帯に入るので、後は何とでもなると考えていた。時間に余裕はあるし、昨日のバテバテも今日は回復している。昨年平石岩屋で凍死している人がいた、というのだけは、ちょっぴり怖さを煽るのだけど。
下りということもあり、最初はさくさく進んだ。が、すぐに腰まで埋まり始めて唖然とする。埋まる回数が多いと焦りが募る。風がきつかった。ここは北西風をまともに受けていた。
平石岩屋の200mほど手前で二名の登山者とすれ違う。新高塚小屋から永田岳の往復に来たという。永田岳までは先ほど付けて来たトレースがありますよ、と話をする。この先はトレースがあるのかと思うとホッとした。
平石岩屋を過ぎて、その下りは少しクラストしていた。慎重に下る。そこから先は危ない場所はない。トレースを辿りながら先に進む。が、昨日に引き続き、雪を降り積もらせた常緑広葉樹の木々が登山道に覆いかぶさり、なかなか歩きにくかった。
森の中にはシカが何頭もいた。寒い中、よくずっとこんなところにいるなと思う。面白かったのが、ヒトのトレースを辿って、シカが歩いていること。登山靴の足跡の上にシカの蹄の跡がついていた。トレースの上はシカも楽らしい。ただし、木の階段等はその横を通過していた。雪の付いた木の階段は案外大変。バランスを取りながら慎重に下る。
第一展望台を過ぎるあたりから疲れが溜まってきて足取りが重くなる。新高塚小屋には、正午を過ぎて到着した。半時間ほど休憩する。止まっていると寒い。寒さもあって、動いていなくてもどこか息を切らせていた。小屋の中はきれいだった。平石岩屋手前ですれ違った方たちの荷物以外は何もなかった。
さて後一時間、ゆっくり歩こう、と先に進む。新高塚小屋〜高塚小屋の間にも結構大きなスギの木があるのだけど、それをゆっくり撮影している余裕はなかった。息を切らせながら進む。緊張感が途切れてきていてバテ気味。登山道に覆いかぶさる常緑広葉樹はあまりなくなったのは救いだった。木の階段が多くなり、バランスを取るのが難しい。
13:35に高塚小屋(標高1330m)に到着。ホッとした。小屋の中は、二階にテントが一張、一階に一人分のデポがあった。雪を払ってから小屋の中に入り、自分のスペースを確保する。服を着込んでから、写真撮影+水汲みのため、200m先の縄文杉まで足を延ばす。
縄文杉のデッキには、三脚を構えている方が一人いた。話をする。屋久島を撮りたくて前の仕事を辞めてプロカメラマンとして屋久島に5月に移住してきたオオサワさんという方だった。12月30日からここ高塚小屋に篭っているそうで、今日は縄文杉の大きさをうまく表すために縄文杉の下にシカがやってくるのを待っている(その構図の写真を撮る)とのことだった。こちらは南西部から北東部までの海抜0mを結ぶ縦走をしている、というと、何もわざわざこの時期にやらなくてもいいのに、と笑っていた。
オオサワさんと屋久島の雪について話をする。昨日僕は「屋久島の雪は、僕の知っている雪ではなかった。霰なのだ。ゆっくり舞い降りてくる雪ではない。しんしんと降り積もる雪ではない。ザーッという雨音のような音を立ながら、雨と同じスピードで降り注ぐ雪だった。夏の豪雨がそのまま凍っているイメージ。ビーズのようだ。その雪は、葉っぱに当たると、地面に着くと飛び跳ねる。それがどんどん降り積もっていく。氷の粒の立体感、不思議な屋久島の雪。」と書いたのだけど、長野県出身のオオサワさんもこの雪にはびっくりしたらしく、「直線的に降る雪」と表現していた。なるほど、そんな表現も面白い。
さて、縄文杉は雪に覆われ、ガスもかかり、幻想的と言えば幻想的な雰囲気を醸し出してた。枝や二又に分かれた幹には雪が積もり、着生した植物の根から何本も氷柱が延びていた。が、新緑の鮮やかさを知っているだけに、寒々とした中にある縄文杉は痛ましさも感じ、こうした幾千の冬を越してきた縄文杉にあらためて畏敬の念を感じた。デッキ下の沢に水を汲みに行った後、オオサワさんと話をしながらしばらく待っているとヤクシカの母子が現れて、シャッターを切る。僕の一眼レフはCANONのEOSKissDigitalXだが、オオサワさんのカメラはCANON40Dで、連続でシャッターを切るときのスピードの違いに、性能の差を感じた。思い通りの構図が撮れた、と満足そう。
関西からバイクでやってきた二人組(どちらもセローに乗っている!)の写真を撮ってあげてから、小屋に戻る。とりあえずミルクティーを飲んで体を温めた。
この日小屋に泊まったのは、オオサワさん、関西からバイクで来た二人組、関西からきたカップル、二階にテントを張っていた(その後畳んだ)ビデオを撮りに来ていたカップル、東京からやってきたナカヤマさん、明日どこに行くか決めていないという男性1名、僕の計10名だった。装備を見てみると僕が一番本格的で、次に長期滞在しているオオサワさん。その他はバラバラで、雪の中をローカットシューズで来ている方、ジーンズをはいてきている方、ガスバーナーも何も持ってきていない方、シュラフは持ってきたがマットを持ってきていない方、ヘッドランプをもってきていない方、と装備の貧弱さが否めない。縄文杉にこんなに雪があると思いませんでした、もっと簡単に来れるものかと思ってました、という意見が多かった。屋久島の山だなと思った。
最近永田岳の山頂で寝た方の話をオオサワさんから聞く。数日前に新高塚小屋を出て永田岳を経て鹿之沢小屋を目指したが、永田山頂から先で進めなくなり、戻ろうとしたが道がわからなくなり、仕方がなく山頂の祠のある岩屋で一晩を過ごしたとの事。シュラフは持っていたのだけど寒くて大変でお供えの焼酎を何度飲もうかと思ったそうだ。翌日何とか新高塚小屋に降り、一日寝ていたそうな。そんな人と話をしましたねぇ、と話を聞く。事故にならなくて良かった。
今日初めて屋久島に来た、という関西からバイクでやってきた二人組に三岳の二合ボトルを差し入れ、いろいろな話をした後、夕方六時を過ぎて、皆シュラフに入る。しばらくすると、突然小屋の戸が開いた。暗闇の中をヘッドランプで歩いてきたらしい。こんな時間に来るなんて、どんな計画を立てているんだろう?寝る場所を空けようとすると、大丈夫です、外(の東屋)でテントで寝ます、と出て行った。スパッツも何もつけていなかったのだけど、明日は宮之浦岳を目指すらしい。天気も良くなるだろうし、トレースもあるから大丈夫なのだろうけど、なんだか見ていて不安になる登山者が多い。これが屋久島の特性か。その点、昨晩一緒に鹿之沢小屋に泊まったタナカさん、フジタさんは話をしていて気持ちが良かった。
狭い小屋に10人も寝ていると流石に暖かい。問題は大きな鼾を響かせる方がいたことぐらい。足に蓄積された疲労感を感じながら、眠りに付いた。

【所要時間】
6:30@鹿之沢小屋 〜8:20@永田岳山頂 8:35〜9:45@焼野三叉路 9:50〜10:35@平石岩屋 〜11:30@第二展望台 〜11:50@第一展望台 〜12:10@新高塚小屋 12:30〜13:40@高塚小屋