年初め屋久島縦断縦走三日目(高塚小屋〜辻峠〜楠川歩道〜楠川バス停)

雪のウィルソン株

五時に起きる。トイレに行こうと小屋の戸に手をかけるが凍り付いていて開かない。力を入れると戸が外れてしまった。サッシの溝が凍り付いていてうまくはまらないのでピッケルで氷をガリガリと削る。修理成功。ほ。
今朝もチキンラーメンを食べて、VAAMを飲んだ。今日は大川林道入口に停めた車をコストをかけずに回収するために、楠川バス停13:10発大川の滝行の最終バスに乗るべく、まだ暗い6:30に高塚小屋を出発する。トレースの付いた雪道を歩く。縄文杉はまだ真っ暗。いくつかの小さな沢を越えながら歩いていく。
夫婦杉も大王杉もまだ暗い中だった。写真を撮るも全然うまく写らなかった。登山道上に小さな足跡が多数あった。コイタチだ。何を追いかけ彷徨っていたのだろうか。
急な木の階段は滑りやすくて危ない。アイゼンをつけているから大丈夫なものの、何も滑り止めを持っていなければ結構怖いと思う。実際足を滑らせて死んでいる人もいるようだし。やがて太陽が昇ってきた。屋久島奥岳の翁岳が真っ白に雪を被り、朝日に輝く。美しい。今日上に上がる人は展望に恵まれるかもしれない。森の中にも赤い日差しが注ぎ美しかった。ウィルソン株手前の急坂あたりから、雪が腐ってくる。足を取られないように慎重に進むが二回ほどずっこけてしまった。
ウィルソン株に到着。雪を被り、ひっそりとたたずむ。黒々とした木とコケと、真っ白な雪のコントラストがいい。何枚もシャッターを切った。雪はあるけど、雪の優しさを感じられるぐらいにちょっぴり暖かいのがいい。夏の喧騒とはまったく違った、静かな風がそこには流れていた。
沢は水が豊富に流れていた。雪解けの水。それは春を連想させるものだった。
大株歩道入口(トロッコ道の終点)に到着。アイゼンを外す。既にトイレの前には何名かの登山客が来ていた。さて、と歩き始める。今の時刻は8時。10時には辻峠を越えたい。
ロッコ道は歩きやすかった。緩い下り坂になっているのでスケート感覚で足を運ぶことが出来た。逆に上りだと滑って歩きにくいことこの上ないと思う。雪はあるものの、いいペースで歩く。三代杉の先の阪急交通社寄贈のバイオトイレは、まだ供用開始にはなっていなかった。その先のトロッコ道は既に開通されていて首を傾げる。そして間もなく楠川分かれ(標高727m)に到着。ここまで来ると雪がほとんどない。ちょうど登山者の一団(皆同じグループではない)がやってきたが、本格装備の方から、カッパにレジ袋だけ、という方まで様々だった。これぞ屋久島観光客クオリティー
辻峠までの道は、実はまだ歩いたことがなかった。重いザックとラッセルで疲労が蓄積され大分負担がきていた膝をかばいつつ、じわりじわりと登る。何名か登山者とすれ違う。縄文杉に行って来たのですか?と訊かれるので、屋久島の南西部から縦走してきました、というと一様に驚いた顔をする。標高を上げるにつれ、また雪が出てきた。美しい場所だ。辻峠の手前にある辻の岩屋の大きさに驚く。9:45に辻峠(標高979m)に到着。何とかバスには間に合いそうだ。ここで左膝にテーピングを巻いた。
白谷雲水峡を下る。軽い装備の方から、そこそこヘビーな装備の方まで様々だった。
もののけ姫の森は雪を被りいい感じだった。もののけ姫の森と名前のついているこの一画、確かに映画に出てくるワンシーンによく似た光景が広がっていて、そのこともあって屋久島がもののけ姫の舞台だと勘違いしている人が多いのだけど、それはまったく違う。もののけ姫の舞台はあくまでタタラ製鉄が行われていた中国地方だ。そしてもののけ姫の中では原生の森が二次林(里山)に変わっていく過程が描かれているのだけど、人の手が入り続けた現在の中国地方には、かつて在ったであろう原生の森が残っていない。屋久島は海岸部の亜熱帯から中央山岳部の亜寒帯までの植生、日本列島で言えば屋久島から札幌までの植生が揃っているが、ここ白谷雲水峡の標高域(600〜900m)はちょうど中国地方の植生帯と一致する(ブナはないけど)。それで中国地方の原生の森をイメージとして、ここ白谷雲水峡がモデルとして描かれることとなった。
白谷山荘を過ぎると雪はほとんどなくなった。知っているガイドの方とすれ違う。でも向こうは気付いていなかった。
楠川歩道を歩き続け、白谷雲水峡を過ぎ、楠川に向かって降りていく。この先の楠川歩道も歩くのは初めてだった。少し歩くと沢筋にあたり、登山道と平行して流れる川が美しい。高度を下げるにつれて地質が花崗岩から堆積岩に変わっていく。ここの堆積岩は滑りやすいから気をつけて、とは聞いていたのだけど、本当に滑りやすくて3回ほどズッコケた。膝に負担がかからないように慎重に下っていく。黙々と歩いた。やがて植林地帯に入り、間もなく楠川歩道の入口に到着した。11:55。まだ時間に余裕がある。ピッケル、スパッツ、カッパの下をザックに仕舞う。肉刺(まめ)が出来にくいように靴紐を結び直した。
その先は林道を歩く。途中から舗装路に変わる。海が大分近くなった。余裕あるから、とのんびりと歩く。初日は完遂が危ぶまれたけど、何とか歩いてくることができたな、と感慨に耽っていた。
12:45に屋久島を一周する県道、そしてバス停に着いた。ここには何故かドラえもんの置物がある。前に読んだ新聞にその理由が書かれていたのだけど、忘れてしまった。ドラえもんの横にはトイレもある休憩スペースがあった。ざっと着替えてバス停でバスを待つ。昨晩高塚小屋で一緒だった関西からバイクでやってきた二人組が目の前をバイクで駆け抜けていった。待ち時間に下山連絡を実家に入れた。そして無事13:10にバスに乗り込む。
バスはのんびりと屋久島を回っていく。平内を回ると雪を湛えた七五岳、烏帽子岳が見えた。運転手の方は良心的な方だった。大川の滝の500m手前の大川林道入口でバス停はないのだけど降ろしてくれた。足に疲労が溜まっていたので、それは大変助かった。感謝。
三日間停めてあったレガシィには鳥の糞が何箇所か付いていた。出発した時は荒波が立っていた海は、今日は穏やかになっていた。何度か欠伸をしながら家まで帰ってきた。
家で体重を量る。なんと58kgなり。12月19日に受けた健康診断では忘年会が祟ってか61kgあった。その後も痩せる要素はまったくなかったから、今回の山行で随分引き締められたのだろう。シャワーを浴びて洗濯をしてからしばし仮眠を取る。起きて豪勢な夕食を作る。ビールを飲んで無事山行を完遂したことを乾杯した。美味しかった。届いていた年賀状を読みながら夕食を食べた。冬山の単独行をするなら、もっと体力をつけ直さないとまずいなと、ぼんやり考えていた。
年明けの屋久島南西部から雪の中央山岳部を越え北東部に至るほぼ海抜0mから0mまでの縦断縦走が幕を閉じた。

【所要時間】
6:30@高塚小屋 〜7:00@夫婦杉 〜7:35@ウィルソン株 〜8:00@大株歩道入口 9:00@楠川分かれ 〜9:45@辻峠 9:55〜11:05@楠川歩道(白谷雲水峡外) 〜11:55@楠川歩道入口 12:05〜12:45@楠川バス停