太忠沢沢登り

太忠沢

5月以来久々、沢の単独行に行くことになった。
今年は7月以降、ちょくちょく沢に行った。7/6にヨシハラさん、ヒラクニさんと田代川に行き、7/13にイトウさん、ヒラクニさんと安房下流(明星沢まで)に行き、7/20・21は二日連続で安房川のトンゴの滝を泳いで見に行き、7/27はイトウさん、ヒラクニさん他2名と花揚川に行った。8/10にはイトウさん、ヨシハラさん、ヒラクニさんと泊川地獄谷に行き、9/6にはイトウさん、シュミヤさんと鈴川を詰めて破沙岳に立った。9/13、9/14は職場の後輩3名が屋久島に遊びに来て田代川、淀川に行った。
この間、装備も増えた。
田代川に行き、フレンズ(カムデバイス)の威力を知った。これまで自分はハーケンとボルトしか使ったことがなかった。滝を登っていてもハーケンを打てるリス(細い岩溝)を見つけることが出来るかどうかが鍵で、それ以外はどうしようもなかった。試しにナッツを買ってみたものの、使い方・信頼性に自身が無く、お蔵入りしていた。
田代川で滝をリードクライミングした時、フレンズを貸してもらってリードを務めた。シャワークライムの途中でクラックにフレンズをセットしてプロテクションとした。終了点でも簡単にセットしてプロテクションとなった。その手軽さと、確実さ、そしてプロテクションをセットできる範囲が大きく広がることに衝撃と感動を覚えた。
そして、カムをセットできる場所を意識しながらよくよく沢を見ていくと、随所にカムをセットできるクラックがあることがよくわかった。そこに素早くセットすることが出来て、傷も残さないプロテクション。ナッツよりもずっと使いやすく確実だ。
ということで物欲に火が付き、直後にオメガパシフィック社のリンクカム(PDF)#1×2、リンクカム#2×1、ブラックダイヤモンドのキャメロットC3の#1と#2の計5つのカムを、7万5千円ほど出して買った。そう、これまで買わなかった(買えなかった)理由は、高いから。学生時代にはとてもではないけど手を出せないもの。でも、これは買う価値があると思う。滝のリードはもちろん、特に初心者を沢に連れて行く際の手がかり等のプロテクションを出す際にかなり有効だと思う。
ちなみにオメガパシフィック社のリンクカムは、三段階にカムが広がることで、従来のカム(フレンズ、キャメロット等)の2.5〜3サイズ分をカバーするカムだ。レンジが広いと言うことは、少ない数を持っていけば事足りる、サイズ選択に神経を使わなくて済むと言うことで、ある意味初心者にも使いやすくなっている。が、値段は2倍弱、重さも2倍弱ということで、同サイズのキャメロットを複数持って行った方が有利と言う意見もある。つまり、一つのリンクカムと2つのキャメロットを持っていく場合(重さはほぼ同じ)、リンクカムだと1箇所しかプロテクションを取れないのだけど、キャメロット×2の場合は運がよければ2箇所のプロテクションを取れる可能性があるということ。確かにその通りなのだけど、カムデバイズ初心者としてはサイズ選択が楽な方が神経を使わずに済んでいるのでまあいいかと思っている。
カムを買ったということで、それ以降は毎回自分のカムも持参し、泊川地獄谷では、リードクライミングでカムでランナーを取りながら滝を登り、その威力を再度認識し、9月に職場の後輩×3名が「沢登りをしたい!」と言って遊びに来た際も、田代川、そして淀川でその威力を遺憾なく発揮し、沢を楽しむことが出来た。沢以外にも仕事で某山頂のピークに立つ際に、他の人への手がかりを出すためのプロテクションとして威力を発揮した。世間的にはマニアックな道具の類なのだけど、職場では知らない人はいないメジャーな道具となっている。
買ってしまったものといえばもう一つ。
超軽量アッセンダーである「ペツル タイブロック」をついに買ってしまった。アッセンダーは実は一つ持っていて「ペツル アッセンション」の左手ハンドルのもの。アッセンダーをいっそ買うならしっかりしたもの&左手用のもの、ということでICIスポーツ西新宿店のタケウチさんにお勧めしてもらって買ったものだ。が、実際には使う場面が無くてお蔵入りしていた。代わりに軽量で気にせずいつでも持っていけるものということでタイブロックを買ったのだった。最も、これまでアッセンダー代わりに巻きつけ結びで対応してきたのだけど、このタイブロック、アッセンダーに限らず荷揚げやロープにテンションをかける時に意外と使えるものらしく、現在その使用方法を勉強中。レスキュー等いざという時に上手く使えるようにしておきたいと思っている。
ところでお蔵入りしていたアッセンションだが、K2遠征隊にも参加したことのあるシュミヤさんは、まったく同じものを9/6の沢に持ってきていた(結局使わなかったけど)。これをお勧めしてくれたタケウチさんなんて14座ある8,000m峰を全て登ってしまおうと頑張っている方だけど、こうした遠征隊の人には必須の装備で一番使いやすいそうで、そうした道具を手にしているだけでも気持ち嬉しくなるもので、また少し見る目を変えているこの頃。
話が逸れてしまった。
そんな何だかんだで結構沢登りに行けた夏なのだけど、7/6に田代川に行った際、“複数名いる”という安心感に打ちのめされてしまった。学生時代は基本的には複数名で沢に行っていて、単独で行った沢もあったけどそれは数が知れていた。沢というよりはバリエーションと言うべきか、登山道以外の沢・藪・雪山(・カヤック)の単独行での緊張感、それを感じながらの山が学生時代の終わりから多かった中、久々沢でチームを組んで行くことになったのだけど、足を捻るだけでも致命的になりかねない(かつ連絡も絶対に取れなさそう…)という精神状態から、まあ何とでもなる(楽観的過ぎるかもしれないが…)という状態の差をひしひしと感じ、ある意味これまで以上に自由に沢を楽しむことが出来た。
一人ということ。そこに生まれる自由と生じる責任。それは素晴らしいものだ。だが、一人ゆえにちょっとした冒険が出来ない場面がある。この小滝登りたいけど、厳しいよなぁ、というとき、一人ならまず絶対に取り付かない。でも、何人かいれば、案外大胆に取り付けるものだ。もちろん過信はいけなくて、守るべきラインはあって、そして複数人いても絶対に怪我は出来ないのだけど、それでも見ている人がいる、という安心感はすごいものがあった。最も、それはそうしたものを安心して任せられる(自分が面倒を見なくてもいい)人とパーティーを組んでいるためでもあると思うけど。そして安心感に加えて、リードクライミングやショルダー等、複数名いるといろいろ助け合える。そんな便利さも痛感した夏だった。
で、9月19日にササキさん、タケシさんと宮之浦川を遡行して龍王の滝を見に行く予定だったのだけど、18日に台風が屋久島を襲い、沢は中止になった。代わりにどこか沢に行こうと考え、元々この週末あたりに前々から行きたかった大川に単独行で行く予定だったのだけど、その前に、久々の沢の単独行の慣らしとして、これも行ってみたかった太忠沢に行くことにした。
太忠沢は、荒川登山口から小杉谷に向かって歩く途中に最初に渡る大きな谷筋がそれで、太忠岳まで詰め上げている。昨年のゴールデンウィークに太忠岳に行った際にその沢を山頂から眺め、いつか遡行したいと思っていた場所だ。
久々の沢単独行ということで、緊張感が溢れていた。
にも拘らず、前日は夜十時過ぎまで飲んでいて、帰って準備をして寝たのは日付が変わる直前だった。朝は四時半に起きて出発の準備を整え、5時前に家を出て荒川登山口を目指す。
荒川登山口はすごい人だった。5時半の時点で既にトンネルを過ぎて少し行き左に大きくカーブするところ付近まで車が来ていた。転回する機会を失い、一端登山口まで行った後、戻ってカーブ手前のスペースに駐車する。知っているガイドさんを何人も見かける。台風でしばらく縄文杉に行けないでいた+22日を休めば4連休となる週末、のためか、本当にたくさんの人がいた。台風のため仮設トイレを一時的に撤去していたことも影響して、登山口トイレには長蛇の列が出来ていた。今夏は一ヶ月間のマイカー規制&シャトルバス運行が実施されたが、この現状を見ると、シャトルバス運行に問題がないわけではないとはいえ、まだずっとマシな気がする。今後の議論の糧にしたい。
まだ薄暗い中、登山口を出発し、何組かを追い越し、太忠橋に至る。沢の水は非常に多い。台風が過ぎて二日目だが、あらゆる沢筋から水が流れ、それが本流を潤していた。不安が過ぎる。橋を渡り沢の左岸に続く道に入る。しばらく歩き、640mの小さな沢筋のところで装備を整え、その先に進む。左岸の道は655mの二俣まで続いていた。6時半、二俣で入渓。いよいよ始まる沢単独行に身が引き締まった。
下流部は傾斜も緩く、コケが半分ほど覆うそれほど大きくない岩の間を水が流れ淵を作り、その光景に随分癒される。入渓早々、コケの上に足を乗せると見事に滑って水の中に倒れずぶ濡れになり、集中!と気合を入れ直した。670mの所に取水口があった。その後も平凡なゴーロ歩きが続く。ふと魚影が目に入った。そう、小杉谷にはかつて放流されたヤマメがいるのだけど、ここ太忠沢にも定着しているよう。そしてここ太忠沢には、釣りのポイントとして非常によい淵が広がっている。目を凝らしながら歩くと、ちょこちょこ魚影が見えて、放流魚とはいえ、屋久島本来の自然ではないとはいえ、嬉しい気持ちになっている自分がいた。
台風直後ということで沢の中にもその跡を見ることが出来た。面白かったのは沢の上のコケが直径3〜5cmほど剥がれているもの。そんなものをちょこちょこ見かけた。何だろうと思っていたのだけど、多分大水でコケの上に生えていた稚樹が剥がれたものではないかと推測。そんな目線で見ると、普段は被らなさそうだけど、大水であれば被りそうな場所にそうしたものが点在していた。
また、所々コケがそれよりも大きく剥がれている場所があった。沢を進むに連れ、最近来た遡行者によるものだと確信するようになった。そして1400mの所では地図が落ちていた。きっとその人のものだろうと想像する。
進むにつれ、高さはないが岩盤を伝う滝も出てくる。見上げると下限の月が明るくなった空に輝いていた。一人の時は淵を泳ぐのが不気味で怖い。極力泳がなくて済むようにルートを選ぶのだけど、胸まで浸かる所もあった。倒木が多く、乗り越したり、くぐり抜けたりに苦労する。何箇所かでは倒木が滝にかかり、それを伝って滝の上に這い上がった。
標高が730mを越えて沢が西に曲がると日が差し込むようになり気持ちがいい。沢がきらめく。その美しさに心奪われる。790m付近は隣の沢の音が聞こえてきそうなぐらい二つの沢が接近する。森の中は割と空いていて、歩くのには苦労しない様子だった。
岩盤の滝、ゴーロの滝を越えながら進む。倒木が多い。凄まじく倒木が積み重なっている所も何箇所かあって、そこ周辺では、森の中にも水が流れた生々しい跡があった。きっと一昨日の台風の時には大水が倒木に遮られ、こちらにも押し寄せたに違いない。倒木ダムの上は、砂が溜まり、足が埋まった。
標高860mの川の中の平らな岩の上で休憩。おにぎりを頬張り、アミノバイタルを飲んだ。
その先は先ほどまでよりは少し大きなナメや滝が出てくる。その先には軌道の残骸である鉄レールが二本川の中に顔を出していた。しばらく進むと左岸に大きな岩屋があって、そこには極太の根を持つ杉があった。相変わらず倒木が多く、その乗り越し、くぐり抜けに苦労する。ある淵で左岸を巻けば簡単に突破できるのだが、右岸を上手く乗り越していきたくて挑戦するも登れない。溝があったのでリンクカムをセットしてアブミにして登りかけたが、二度目に体重をかけたときに抜けて墜落。左足首を打った。流石のカムも花崗岩の侵食が進みコケが生えているようなボロボロのクラックには効かないらしい。反省。940mで大きめの支沢を分ける。
ナメ滝を越え、ゴーロを越え、先にある逆層の小滝は登れず巻いた。大きなナメ滝が出てきて、その上には二条の滝。美しい。その上の1070mで二度目の休憩。随分と進んだ。空は曇り、沢の上のほうにはガスがかかっていた。
この先、大きなナメ滝が出てくる。爽快そのもの。その先の滝は登れず、左岸を巻くが、最初倒木を伝い、その後は木の根に捕まりながらそろそろ登る。初心者にはプロテクションがあった方がいいかもしれない。
相変わらず倒木が多い中、いくつもの小滝を越えていく。上の方に行くとナメ滝が連続し、スリップに注意しながら登る1000m付近から1250m付近までがこの沢のハイライトだろう。沢の中のコケが一層緑濃くなる中、1340mで休憩。ガスの中でどんよりと暗い。ここまで来ると緊張感も随分減って気持ち大変楽になった。その先は1360mの沢を分け、沢がどんどん細くなる。予定通りのコースを辿れるよう慎重に地図を読み、1400mの支沢も上手く分けることが出来た。沢は本当に小さな流れになり、やがて途切れる。ハイノキの全然藪藪しくない潅木帯を5分ほど登ると、1450mで登山道に交わった。12時5分、沢は無事終了。
ハーネス・スリング等の沢道具をザックに仕舞いこみ、太忠岳を目指す。5分も歩けば山頂に着いた。山頂には昼寝をしているお姉さんが一人。周りはガスがかかって何も見えないでいた。ここに突き上げる沢の様子を見たかったゆえ、それは少し残念なことだった。
山頂で沢タビから登山靴に履き替え、緊急連絡先にしている実家に連絡、等等していると他の登山客もやってきた。少し話をしてから下山する。下山路ではヤクスギランドまでに3名追い抜かし、7名とすれ違った。左足首に違和感を感じて、打撲により関節にも痛みが走っていることを知る。経験的に悪化していく痛みではないので不安は無かったが、登山靴が当たり痛いので、少し靴紐を緩めて歩いた。
ヤクスギランドに至り、休憩所にいたご一家と話をしたが、男の子に「沢登りって何?」と訊かれ、「楽しいよ!」と答えになっていない返事をした。半時間強歩いてヤクスギランド入口に到着。時刻は14時半。
ここから荒川登山口まで6km歩く予定だったが、何と林野庁のナカニシさんがご家族でヤクスギランドに遊びに来ていて、荒川登山口まで乗せてくれることになった。ご好意に甘える。感謝。これで一時間半の車道歩きが無くなった。雲行き怪しく、雨もポツポツ降り始めていたので助かった。疲労感も随分違ったと思う。
車を回収して、山を下る。里の方はいい天気だった。家に帰り着き、シャワーを浴びると不可抗力な眠気が襲ってきて、夕方一時間半ほど眠った。起きてスーパーに買い物に行き、今日の沢の成功を一人祝した。
太忠沢は随所に美しい場所のある沢だった。でもちょっと倒木の多過ぎる沢でもあった。倒木の下をくぐり抜けるというのは、ザックを背負っていると意外なほど難儀するもので、翌日は久々全身の筋肉痛に襲われてしまった。
久々の沢単独行は無事幕を閉じた。