大川沢登り

大川 右岸50cmバンド越えの滝

一昨日に太忠沢に久々単独で沢登りに行き、体・精神を慣らし終えたので、予定通り大川に行くことになった。大川は屋久島南西部にある秀滝、大川滝を有し、永田岳に突き上げる沢で、「オオコゥ」という。屋久島の川は「コゥ」と呼ばれ、鯛の川は「タイノコゥ」、淀川は「ヨドゴゥ」と呼ぶ。大川は屋久島の奥岳に突き上げる沢としては最も簡単な沢と言われ、技術的に困難な場所はほとんどないとされる。しかしながら、距離もあり、屋久島を特徴付ける花崗岩巨大ゴーロ帯ありで、油断は出来ない沢と理解していた。今回は一泊二日で時間的余裕があまりないことから、大川滝から途中の林道までの下流区間はパスして、上大川橋から鹿之沢小屋までの区間(地図上の距離では6km、標高差1050m)を登る計画を立てる。沢の記録を読んでいると、朝出発でも鹿之沢小屋到着は夕方だったり、また沢中泊しているパーティーもあったので、沢中泊することも見込んだ上で装備を揃え、初日大川遡行、二日目花山歩道下山を予定していた。荷物を軽くするため、朝食・夕食はチキンラーメンで我慢することにした。テント・シュラフは持っていかず、ツェルトとシュラフカバーのみにする。ただ、安心感のため、沢装備は8.2mm×50mロープ、スリング・カラビナ・ハーケンに加え、カム1セットとボルト(ジャンピングセット)も準備した。花崗岩巨大ゴーロ帯では、何とかルートを見つけて乗り越していくしかないのだけど、どうしても通過できない場所が出てきた場合や、下降の場合にはボルトがあるのとないのでは全然安心感が違う。ちょっと重くなるがそれは仕方がない。前日は九時過ぎには早々と就寝に着いたが、緊張感からか、眠りが浅く、かつ様々な夢を見て、あまりぐっすり眠ることが出来なかった。
朝四時に起きて、準備を整え、四時半過ぎに出発する。バイクに乗ってまだ暗い屋久島の道を駆け抜ける。何台もの車とすれ違う。その多くは縄文杉を目指すのだろう。栗生の集落を過ぎて、花山歩道入口から林道に入る。そう言えば今年の始まりはここからだったな、荷物重かったよな、そんなことを思い出しながら、暗い林道を進んだ。
花山歩道入口の手前の駐車スペースには5:40に着いた。まだ暗い。サルが近くの木に登っていて、ガサガサと枝を揺らしていた。沢装備を整え、5:55、いよいよ出発。緊張感が全身に漲っている。
上大川橋の手前で一人ガサゴソしている人がいた。大キジを撃っていたらしい。撃ち終わり、埋めている最中だったようで、こちらも朝一で憂鬱なモノを見なくて済んだのでホッとする。上大川橋のど真ん中には黄色い4〜5人用のテントが張られていて、大学生と思しき面々が準備をしていた。早朝突然現れた人物にびっくりしているようだったが、話をすると大川を遡行するという。
急に安心感が出てしまった。自分が先に入渓して、後からついて来る構図になれば、何かあった時に通常通りの下山連絡リミットを過ぎてから探し出してくれるなんてものよりずっと前に、発見してくれるかもしれない。そんなこと期待してはいけないのだけど、実際そうなのだから仕方がない。良くも悪くも気持ちに余裕が出来たのは確かで、少し気持ちが楽になった。
橋の左岸側から入渓しようとするものの、降りられず、右岸の上流側から入渓する。こちらは簡単に降りることが出来た。沢の中に立つ。岩がでかい。水が勢いよく流れている。周りも随分明るったちょうど6時、いよいよ遡行を開始する。
大きな岩がゴロゴロしているゴーロ帯を進む。割と傾斜があって、ぐんぐん高度を上げていく。一昨日の太忠沢と違って、沢が開けていて気持ちがいい。随所に小滝がかかり、きれいな淵もたくさん。その中を透明な水が流れていく。岩盤もちょこちょこ出てきて、ナメや滝を形成している。岩の巨大さは言えば、車から、一軒家ぐらいまでの岩がゴロゴロしていて、乗り越しが大変だ。この巨岩迷路は遠くから大体のルートを決め、近くに行きいろいろ試行錯誤することとなる。ただ、今回はこのルートファインディングが非常にうまく行って、全行程を見通して、越えられずに引き返して別ルートに行ったのは2回だけだった(下流部での引き返しはまったく無かった)。これは随分時間短縮に寄与したと思う。幅広い谷いっぱいに巨岩が転がっていると、どこかしらは通れるものだ。考えながらエイヤとルートを決めて独自のルートを登っていく。でも、ルートはたくさんあるわけではなく、独自のルートを登っているつもりで、実は意外とみんなそこだけを登っているのかもしれないなぁと考えながら先に進む。ロープ+登攀具+泊まり装備が詰まった重量がそこそこあるザックを背負っているため、何度かザックを降ろして登ってからザックを引き上げた。また、一度だけザックを踏み台にしてよじ登った岩もあった。
大川は地図読みが難しいとの記述がいろいろな記録に出ていたが、最初から丁寧に読んでいくと地図読みは難しくなく、常に正確な位置を把握できる沢だった。台風三日後とあって水が多かったためかもしれないが、細かい沢筋も全て水が流れていて、地図読みの助けとなった。
620mの屈曲点を過ぎ、ひたすら巨岩ゴーロ帯を進む。730mで最初の休憩。時刻は7:30。学生さんたちが追いついてくる気配はない。アミノバイタルを一袋飲んで、気合を入れて出発する。
780mの大きな滝で合流する支沢から先は谷が狭まり、大きめの滝が連続する。どの滝も簡単に巻けるか、水流に近い所を直登できる。花崗岩の岩盤むき出しの岩肌、そして淵の深さが美しい。830mの屈曲点を過ぎて、右岸の50cm程のバンドをトラバースする滝が出てくる。今回遡行図(「屋久島の山岳」p168)を持ってきてはいるのだけど、どれがどの滝なのか、ほとんどわからなかったが、この滝だけははっきりと確認することが出来た。バンドを伝って簡単に越えて先に進む。
その先も簡単に越えられる滝を過ぎると、両岸切り立つゴルジュ帯の中に小滝を登って入る。その先は巨大チョックストーン滝で行く手を阻まれる。とてもじゃないけど直登は不可能。巻き道を探す。ゴルジュ入口から少しだけ入った所に左岸側にルンゼがある。そこから登るが、ルンゼ自体は急斜で怖いので、少しだけ下流側に巻き気味に登ると潅木帯まで簡単に登れた。ゴルジュの岩肌とその上の岩壁の間の潅木帯との間にある踏み跡らしきものを辿っていくと、岩場に出る。チョックストーン滝の少し手前あたりだ。途中までは大丈夫そうだが、その先が潅木も無く岩が苔むしていて斜めの傾斜も増していて、行き詰まりそうなところだ。怖そうだったので、戻って、岩壁の上の潅木帯まで上がった。そのまま潅木帯を進むと何も出さずにうまく巻き終えることが出来た。ここだけは少しだけ気をつけたほうがいい場所だ。
ゴルジュ帯を越えて標高890m。平らな大きな岩がある。その先には右岸側が大きく崩落している所があった。その先にサメヤンホテルと名付けられた岩屋があるらしいのだが、通っていてどこなのかよくわからなかった。940mで休憩。8:50。下流では大きく開けていた谷も段々と狭くなり始め、川の中の岩がコケに覆われる面積が大きくなった。超巨岩ゴロゴロ帯はこの辺りで終わりとなり、後は大きな岩はあるものの、超巨岩ではなくなっている。
相変わらずゴーロの中を右岸から左岸、左岸から右岸への行ったり来たりしながら先に進む。980mの支流を越え、淡々と進む。森が美しい。森の中にはびっしりとコケが生えている。そのうちいくつかの滝が出てくる。巻いたり登ったりしながら越える。沢が二筋に分かれた所の滝で真ん中を登っていると、飴玉の袋が落ちていて、人の気配を感じた。
1170mの支沢が合流する所(だったと思う。うろ覚え)にも滝がかかっていて、左岸のバンドを伝って直登する。ホールドはしっかりしていてまず問題ないのだけど、慣れないとちょっと怖いかもしれない。岩溝があってカムがよく効きそうだ。左岸の支沢との間を巻くことも出来ると思う。その先いくつかの滝を越え、1200mで休憩。10:25。2/3は来たとホッと一息つき、おにぎりを頬張った。
その先もゴーロ、小滝を越えていく。遡行図に寄ると1270mの支沢を本流と間違えやすいとあったが、そんなことは全然無くて、間違えやすいとすれば1325mの沢のことだと思う。1270m先に進むと快適な滝、ナメが続く。こういう登りやすいきれいな滝は大好きだ。樹冠も開けてきて、日が差し込み気持ちがいい。快適快適。
先に進み、水を手ですくって飲もうとした際に何となく何か嫌な気配がして、飲むのを止めた。その先に少し進むと腐臭がする。水際にはプリムスのガスストーブのケースと思われるエンジ色のプラスチックケースが落ちていた。どことなく人の気配を感じるようで嫌な気分になる。腐臭がした周辺をぐるりと見渡したが、何も発見できず。むしろ発見しない方がいいと思いながら、その先に進んだ。
1325mで大きな支沢を分け、その先は沢は一段と小さくなる。でも、日当たりが良くて、登りやすいところばかりで快適そのもの。はしゃぎながら、沢登りの楽しさを噛み締めながらさくさくと進む。が、少しばかり険しくなり始め、大きめの滝を巻き、巨大岩のある淵を巻くとまた傾斜がきつくなった。右岸を見るとピンクテープが見える。もう少しで永田歩道との合流点か、と考えながら大きな岩を越えていくと、ロープが張ってある渡渉点に到着した。12時。思っていたよりもずっと早くここまでたどり着いた。
その先は案外良くなくて、二手に分かれた所は真ん中の部分を越える。と、沢は急に平らになる。極緩い岩盤の上を水がさらさらと流れる。七つ渡に到着。沢のどこを歩いてもいい。はしゃぎながら先に進むと、すぐに永田歩道の渡渉点に出た。
膝までの深さの水の中をはしゃいで先に進む。日本庭園。遠くには永田岳も見える。ナメ床が続く。気持ちがいい。しばらく進むと岩で谷が埋まっている所があって、ここは右岸側の淵の中を突っ張りながら先に進んだ。少し淵も出てきて、傾斜も増す中、右岸側に登山道を確認する。その先は小滝が連続し、少し進むとまたナメ床が続いている。ずっとナメ床が続いているのかと思いきや、この先は案外小滝が多くて、まったく沢に行っていない人だと若干苦労するかもしれない。長い期間をかけて水にえぐられた花崗岩の岩盤美、そしてそれが周辺の森、杉の木、遠くの永田岳、それらの織り成す豊かな表情に心を和ます。
一昨日の太忠沢での左足首打撲がじんわりと響き始める中、小滝をいくつか越えると、沢はいよいよ小さくなり、藪も茂ってきた。小屋手前に二俣があり、通りやすそうな右俣に入るとすぐに小滝があって、これを登ると花山歩道と合流した。歩道を少しばかり歩いて、13:05、無事鹿之沢小屋に到着。ほ。
若干ガスがかかっているものの、永田岳も望むことが出来た。小屋にはまだ誰もいない。沢装を解く。右足にヒルが一匹吸い付いたらしく血が滲んでいる。沢タビの中から丸々と血を吸ったヒルが出てきて、ハッカ油(ミントオイル)をかけて処刑した。
沢装を片付けると、まだまだ時間があり、かつ体力が残りに残っている自分に気がついた。今日中に下山すれば美味しいビールが飲めるよ、と囁く自分もいた。今回は軽量化のため酒は持ってきていない。段々とビールを飲みたくなってきた自分がそこにはいた。6月以来となる鹿之沢宿泊だが、実は25日の晩も仕事で泊まる予定だ。わざわざ泊まる必要ないんじゃないの?と囁く自分がいた。う〜んと悩んだ後、時間も気力も十分あるし、下るか、そう思って、下山の準備をする。ヒル対策のため、下は雨具を履いて、スパッツを着けた。この体力的余力は何だろうかと考えていたのだけど、おそらくアミノバイタルのおかげだということに気がつく。すごい、その威力を本当に痛感した。
13:35、鹿之沢小屋出発。花山歩道の最初の登り返しは流石にバテ気味だったが、登り終えると元気を取り戻し、さくさく歩いた。今年一月に雪の中この歩道を随分苦労して登ってきた時の光景がフラッシュバックして、感傷に浸った。
雨具の下を履いているため、途中無茶苦茶喉が渇いた。標高が下がり、気温が上がるにつれてそれはひどくなり、水をゴクゴク飲んだ。花山歩道上部は前から掘れていたところが一層ひどくなっている所が二箇所ほどあった。ハリギリの大木を過ぎ、14:50、花山広場に着く。登山者が一人休んでいて、今夜は鹿之沢小屋に泊まる予定と聞く。
その先もさくさく進む。一度勢い余ってずっこけ、右太股を強く打って呻く。標高980mのぐらいで一箇所大きな木が倒れ、登山道に完全に塞がっている所があった。下から回り込むことも可能だが、登山者が間違えないように、倒れこんでいる木の間、登山道の少しばかり上側を20分ほど時間をかけて少し切り開いて道を作る。今度きちんとした補修に来よう。
喉の渇きがひどくなって、雨具の下を脱いだ。異様なほど喉が渇いていて、高々3時間のコースで水を1.7リットル消費していた。愛用のウォータースパッツがジッパーが壊れかけていたのだけど、動かなくなり無理やり外したら完全に壊れてしまった。もう登山口まで半時間もかからないという場所で、倒木に気付かず頭を思いっきりぶつけ、呻く。石頭で頭の物理的な硬さには自信があるのだけど、それにしても痛かった。
16:45に登山口に無事到着。流石に疲れてフラフラした。それにしても20kgはあるザックを背負って、休憩+登山道補修(20分)込みで花山歩道を3時間10分で来たから、いいペースでここまでたどり着けた。アミノバイタル恐るべし。
バイクにザックを括り付け、林道を下る。栗生の集落から、緊急連絡先の実家に無事下山の連絡を入れた。毎回のことながら、単独で山に行くとなると冷や冷やし続けている(単独の時は実家を緊急連絡先にしている)母は、明日までの緊張が今日までで良くなった、明日は気楽に過ごせる、とはしゃいでいた。申し訳ないなと思いつつ。今回も無事で良かった。
小一時間走って家にたどり着き、シャワーを浴びた後、スーパーに直行。ビール二本とつまみをいろいろ買ってくる。山で食べ残していた黒豚味噌入りの大きなおにぎりと一緒に楽しい食事となった。大川に行ったということがどんどん気分を良くして、調子に乗って飲んでいたらフラフラになって、20時半過ぎには眠りに着くことになった。
大川を行くのに、特段の登攀具は必要なかった。不安ならお守りとしてボルトを持っていくぐらいでいいと思う。その分荷物を軽くして、ゴーロ帯の乗り越しに備えたほうがいい。ゴーロ帯はしっかり探せば不思議と通れる場所があった。中間のゴーロ帯が少々長いが、屋久島の苔むした森とその中を流れる沢の美しさは堪能できる。そして最後には快適なナメ床が待っている素敵な沢だった。
一泊二日の予定が日帰りとなった大川沢登りの長い一日が幕を閉じた。