ナルミズ沢 沢登り 2日目

夜半、寒くて目が覚めた。雨は止んでいる。ダウンジャケットを取りだして着込んだ。あたりは湿った空気に包まれている。雲に覆われ星は全く見ることが出来なかった。再び眠りに付き、4時を過ぎて目が覚める。広がる満天の星。ペガススの四角形から、オリオン座までが目に飛び込んできた。美しい。満天の星に心がときめく。レーザーポインターを持ってきたので、それで星を指し示す。今日もアンドロメダ大星雲はぼんやりと夜空にたたずんでいた。単眼鏡でのぞく。銀河系の形がかっこいい。
起きて焚き火に火を付ける。まだオキ火が残っていた。計3リットルのお湯を沸かし、ラーメンを作る。空が白み始める。ラーメンを食べた後はお茶を飲み、その後片づけをやった。やがて朝日岳の稜線が陽に照らされ輝き始める。美しい。準備を済ませて、6:15にようやく出発。
天気は非常にいい。快晴。大石沢出合の上にいた二組のパーティーのうち一組は既に出発していた。きれいな淵。3年前はここでイワナを釣ったなぁと思い出しながらゆったりと進む。早速腰まで浸かるところがあり、覚悟を決めて浸かる。でもそんなに寒くなかった。
20分ほど歩いて、ポケットに入れていた地図を落としてしまったことに気が付く。あ〜あ。予備地図を出す。6:40にはS字峡(と言うほど大きくはないですが、ミニゴルジュ帯)に到着。ちょうど出口の滝を登り切った先行パーティーが見える。寒くもないし、巻かずに水線通しに進むことにした。ダイモンジソウが群生する左岸の岩の横を水に浸かりながら進む。白い岩肌に水の透明感が際立つ(YouTube)。S字峡出口の滝は深い釜を持っていて、これは右岸をへつり、水流の左を登る(YouTube)。ツージーさん・カナハナさんには念のため手がかりロープを出した。振り返る後ろから別パーティーがやってきている。ナルミズ沢でこんなに人が多いのは初めて。
沢を進む。遠くには地蔵ノ頭(1757mのピーク)が輝く。間もなく魚止めの滝8mに到着。時刻は7時。先行パーティーがロープを出して張り付いていたのでしばらく待機する。すると後続パーティーが追い付いてきた。あらら。コイケ君が最初に登り、僕も続いて登る。この滝も3年前はそこそこ緊張しながら登ったのだけど、今日は楽勝だった。立ち木にアンカーを取ってロープを出してツージーさん、カナハナさんを確保する。後続のパーティーは、1本の残置ハーケンをアンカーにして肩がらみで確保していた。ガツンと落ちたらビレイヤーは到底耐えられないだろうが、そこには確保技術だけではなく安全に対する考え方も含めて様々な文化があるということなのだろう。僕は無用なリスク、避けられるリスクは極力排除したいと考えている。
その先では休憩していた先行パーティーを追い抜く。ナメの上をサラサラと流れる水、そして輝く地蔵ノ頭があまりにも美しくて(YouTube)、何枚も写真を撮った。ナルミズ沢は三回目だが、過去二回はどちらも天気が良くなく、源頭に至るまではガスに包まれていたので、こんなにも美しいところなんだとあらためて認識する。本当に素晴らしい。二俣手前にある7×15mの斜め滝は、まりりんの旦那さんが右岸をトラバースして越えて、他は一旦水に浸かり、水流の左を登った(YouTube)。清冽な水が気持ちいい。その先もナメが続く(写真)。
標高1410mの二俣には7:50に着いた。右俣に入る。この先は両岸の樹林がかなり低くなり、その中をひたすらナメが続く渓相となる。みんなで、癒される〜と言いながら、スリップに気を付けながらゆったりとナメ・ナメ滝を歩き、そして登った。と、思いのほか釜を持つ大きい滝。遡行図に2段8×15m滝とある滝だ。左壁を行く。見た目は難しそうだが、実際は簡単。ただ高さはあるので、枝を束ねてアンカーとして、ツージーさんとカナハナさんをロープを出して確保した。後続パーティーが追い付いてくる。おいしい水を飲みたかったので、ここで水を汲んでおく。でも結局詰め上がるまでは抜かされることなく、我らが隊が先頭で、三パーティーが少しの間隔を開けつつも連なって源頭まで行くことになった。
ヒタヒタとナメ床を歩く。モウセンゴケが生えていた。カナハナさんが、こんな場所に来ることが出来てめっちゃ嬉しいです、と呟いている。その先は小滝がいくつか出てくる。最後に出てくる釜を持つ細い流れの小滝(遡行図では直滝2m)は、右岸をトラバース気味に登るが少しだけ難しい。ただ、ロープを出しにくい場所(出すなら4m程上にある低木をアンカーにしてロープを出して振り子気味に確保)なので、一挙手一投足を見ながら通過してもらった。
小滝を登り(YouTube)、1610mの支沢を経て、いよいよ源頭に近づく。随分と小さくなった流れ。やがて消える。そして大烏帽子山の南のコルに詰め上がる。吹き抜ける風にそよぐ草原・笹原。ひっそりとたたずむ池塘(チトウ:高層湿原の水たまり)、それに映った青空。見上げれば大烏帽子山、振り返れば布引尾根、そして登ってきたナルミズ沢の沢筋(YouTube)。天気は最高。気分も最高。天国の詰めとはこのこと。3度目の正直。晴れ渡ったナルミズ源頭に来ることが出来て本当に嬉しかった。
詰め上がった先の稜線上で沢タビを除く沢装備を解いた。9:05。眺めは最高で、手前の大源太、遠くには妙高山まで見渡せた。風はきつかった。でも笹原に寝っ転がると風は止み、視線の先には高くなった秋の空が広がる。幸せな時間。15分ほど休憩して、9:20に出発。
ジャンクションピークまでの間は、今は廃道となった半藪の踏み跡を歩く。荒れてはいるがそれほどでもない。何より天気・眺めがいい。進むと刃物ヶ崎山、檜倉山、柄沢山、巻機山が見えてくる。布引尾根の先の雨ヶ立も見える。13年前の夏合宿で、風雨の中、藪を漕いで雨ヶ立のピークに立った。楽しかったかどうかは別としても、彼の地に立ったことがあるという思いは格別のものがある。そして遠くには尾瀬至仏山、燧ヶ岳、景鶴、それから平ヶ岳が良く見えた。以前尾瀬にいたカナハナさんが懐かしそうに眺めている。いい表情をしていたと思う。眺めを楽しんでいると猛禽類がコルの風を遡ってきた。鷹斑が見える。単眼鏡で姿を追ったが、種類はいまいち自信がない。ただ、結構大きかったので、期待を込めてクマタカということにしておこう(オオタカかもしれません)。天気の移り変わりの予兆か、雲が非常に近い。頭上30mの高さを真っ白な雲が吹き抜ける風に乗っていくつも駆け抜けて行った。
ジャンクションピークには10:50に着いた。ここで沢タビを靴に履き替える。緊急連絡先にしている相方に電話し、沢は無事終わって登山道を下ることを告げた。コイケ君は持ってきていたシャボン玉セットを取りだし、おもむろにシャボン玉を飛ばしていた。山でシャボン玉なんて考えたこともなかった。なかなか。今度のお散歩観察会は「山でシャボン玉を飛ばそう」なんてキャッチフレーズで募集してみるのも面白いかもしれない。
11:10に出発。長い登山道の始まり。ナルミズの辛いところは下山路が長いこと。朝日岳の手前から時々ガスがかかる。朝日岳で集合写真を取る。11:35に出発。時々霧がかかる中、縦走路をテクテクと歩く。見下ろすと大石沢出合近くの昨夜のサイトが良く見える。そのうちしっかりとガスがかかり始め、笠ヶ岳の手前からはついに雨が降り始めた。雨具を切る。笠ヶ岳避難小屋の前で休憩(避難小屋には人がいてお酒を飲んでいた)。この休憩で僕は虫歯を発見し、いたくショックを受ける。結論から言えば、詰め物が取れてしまっただけなのだけど(いつ取れたか不明)、鏡がすぐに出る場所になかったので確認できず、あれこれ悪い状況を考えてしまい自己嫌悪に陥り、表情もかなり暗くなっていたみたい。
雨の中、出発。12:55に笠ヶ岳を通過。しばらく行くと雨は止んだので、止まって雨具を脱ぐ。ここで虫歯の話をすると、さっきからすごく怪訝そうな顔をしていたのでなんだろうかと思っていました、とのこと。みんなに慰められて少し元気になった自分がいた。白毛門には13:40に着いた。ここから、登山口まで1000mを一気に下る。ガスがかかっているが白毛門沢から人の声がする。こんなコンディションでよく行くな、と思う。ただ、午前中はこちらもしっかり晴れていたのだろう。樹林帯に入る手前で雨が降り始める。標高を下げるに連れて蒸し暑くなる。雨は降っていたが、樹林の中であまり濡れなかったので、雨具は着なかった。だんだんと足に疲労がたまっていくのがわかる。東黒沢からは、キャニオニングのツアー客と思われる歓声が響く。15:52の越後湯沢方面の電車は間に合わないとして、16:18土合駅水上駅行きのバスに間に合うだろうか、そんなことを考えながら下っていた。
登山口には16:00に到着。東黒沢で沢タビを洗う。遅れて着いた女性陣には、土合橋のバス停から乗ってもらうことにして、土合駅にデポした荷物を回収するために、僕とコイケ君は16:06に登山口の橋を出発した。ぎりぎりなので、道路に出てから土合駅までザックを揺らしながら走る。流石にこれは足に響いた。でも16:12には駅に到着して無事荷物を回収し、16:18のバスに無事乗りこむ。それにしても絶妙なタイミングだった。
水上駅では、荷物を置いて、温泉街に行き、水上ホテル聚楽で温泉に入る。気持ちがいい。温泉上りに生ビールで乾杯!五臓六腑にしみわたる。これだから山はやめられない。その後は水上駅に歩いて戻ったが、18時を過ぎるとどこもかしこも閉まっていて、食料調達がほとんどできなかった。
18:37水上発高崎行きの電車に乗る。不思議と眼が冴えていた。高崎駅から先は僕だけ新幹線に乗ることになり、他の面子は各駅停車で帰宅していった。
家にたどり着くと、相方はまだ研究室らしく、ひっそりとしていた。手早く洗濯し、濡れたタープ・ツェルト・シュラフカバー・沢タビを外に干し、ロープ・確保用具・ハーネス・雨具を部屋の中に干した。おなかが空いていたのでコンビニでお寿司セットを買い、ノンアルコールビール片手にのんびりと過ごす。二回目の洗濯を終え、お風呂が沸いたころ、相方がようやく帰ってきて、今回の沢旅の報告をした。
三回目のナルミズ沢。最後は雨にうたれたものの、ハイライトの源頭部は晴れ渡り、本当に素晴らしかった。大学時代によく訪れた上越国境稜線・奥利根の森。この慣れ親しんだ場所に、また新たな面子で再訪することが出来たことが嬉しかった。釣りが出来なかったのは残念だったけど、あれだけ人がいたら仕方がない。出来れば人が少ない日を狙って、また訪れることができればと思う。
※遡行図は「東京起点沢登りルート120」を使用


※写真付き記録はこちら(お散歩観察会のページ)