神立高原スキー場で早朝スキー

土曜日の朝の寝覚めは遅かった。朝かぁ・・・と、うとうとしながら、手元の携帯電話を見ると1通のメールが入っていて、ぼんやりと読むと大学の部活でお世話になった上越 巻機山のふもとの宿の女将さんが昨日事故で亡くなった、という訃報だった。衝撃が走る。一気に目が覚めた。もうかなりのお歳だとは思うが、お世話になっていた部活の現役時代の10数年前は、元気そのもので、料理を運んだり掃除をしたりとしていると手厳しく指導されたものだった。長らく会っていないのだが、昨年は3月に巻機山山スキーに行き、9月には米子沢にも行ったので、どうしているかなぁと思っていたところだった。私はね、ボケ防止のために、歴代の(部活の)主将の名前は覚えるようにしているのよ、と話をしていたのはもう10年以上前か。ただ悲しい。大変お世話になりました。安らかにお眠りください。
土曜日の午後は、久々高田馬場にあるカモシカスポーツに行った。登山用品店だが、書籍も豊富で、この日は長々と立ち読みをしていた。古書で戸川幸夫の知床半島(1961)を見つけ、かつての知床半島での暮らしに想いを馳せる。買ってしまうかどうか悩んだが結局買わず。買っておいても良かったかも。2011年度のトマの風の会報も置いてあってパラパラとめくる。マルチピッチのロッククライミングを含めいくつかの山行の中に、10年ほど前に何度か一緒に山に行ったOさんが出ていて、すごく上達したんだなぁと感心する。元気にしているのだろうか。そうそう、登山靴対応の山スキービンディングのジルブレッタ500はカモシカスポーツにはまだ残っていた。ほっとする。穴があいてしまっていたピッケルカバーとゴムが伸びてしまっていたピッケルバンドを買って帰る。
夕方、同じ職場のアズマさんの車でスキーに出かける。先週行き損ねたスキーの仕切り直しスキー企画。19時から20時の間に自宅に迎えに行く、と聞いていたのだが、18:35に着くとの連絡が入り慌てて準備した。神立高原スキー場では、オールナイトのナイター営業をしているので、明日の朝まで滑って帰ってこよう、という話をしていたのだが、新潟県内は大雪のため、この日は23時には営業を終了してしまうとのこと。どうしようかと話をしていたのだが、今日は到着後に23時まで滑って、明日早朝5:30-8:30で滑って帰ってこようという話になった。首都高は混んでいた。関越自動車道はスムーズだったが、赤城高原SAの先から吹雪が酷く、吹き荒れると前が全く見えない状況になり、ヒヤヒヤだった。ゆっくりと進んだのだけど、トラックは意外と速いスピードで走っている。流石にいつも通っていて慣れているのだろうか。関越トンネルに入りホッと一息つき、新潟県側に出ると雪はひどいが誘導灯がわかりやすく点いていて先ほど程の怖さはない。流石新潟県だと思った。
なんだかんだで遅くなり、スキー場に到着したのは22時を回っていた。流石に時間がなかったので、今晩は諦めて、明日の朝一で滑ることにしよう、ということになり、代わりにとりあえずビールで乾杯した。その後温泉に入る。広くて快適。ポカポカと温まる。そして仮眠室で寝た。仮眠室は思いの外快適でよく眠ることが出来た。ただ、かなり乾燥しているのでマスクは持っていった方がいい。
さて、今朝は4時頃起きて準備をする。外は吹雪いている。5:30-8:30までの間滑ることが出来るリフト券のサンライズ券は1,500円なり。5:30のリフトスタートと同時にリフトに乗る。
空から無数に舞い落ちる雪。時折激しく風が吹き、リフトから見下ろした斜面に雪煙が舞った。この舞い降りる雪を毎年見ながら、一昨日亡くなった女将さんはこの雪深い地で暮らし続けていたのだと思うと感慨深かった。自分は上越にスキーに来ただけなのだけど、この地に来て、この地で女将さんのことを想うことが自分としての哀悼の意を表することになるのではないかなぁと思ったりもした。亡くなった方と共に天に帰っていった水分子は、平均すれば降りしきる雨粒一粒の中に一つずつ入っている、というかつて読んでいたく感動した話を思い出しながら、ぼんやりと舞い落ちる雪を見ていた。
さて、まだ真っ暗の中、ナイター営業(正確には“明け方ー営業(?)”)されているポルックスコースを滑る。神立高原スキー場のコースマップはこちら。半分ほどは圧雪しているのだが、半分ほどは非圧雪。まだほとんど手の付いていない斜面に滑り出す。フカフカ・サラサラ!最高!非圧雪のところにスピードを出したまま滑りこんでいくと急に摩擦がかかって前につんのめりそうになってひやりとした。でも、楽しい。アズマさんの滑っているところを後ろからムービーで撮影(YouTube)後、自分が滑っている様子も撮ってもらった(YouTube)。楽しい。ただ、降りしきる雪があたり、風も吹いているので顔面がやたらと冷たかった。このコース以外は開いていないので、何度も何度もこのコースを滑りこんでいた。
6:40頃一度休憩。休憩所で紅茶を飲み、パンを齧り、スープをすすった。スープは市販のフリーズドライのオニオンスープに、タマネギを一個追加し、こしょうで味を足したもの。昨日18:20ごろに作って、先月購入したプリムスのランチジャグに入れて持ってきたのだが、まだ十分温かかった。ポカポカと温まって美味しかった。紅茶はこれも先月買った山専ボトルに入れてきたのだが、こちらは熱いぐらい。あらためて、この山専ボトルは保温力が高いなぁと思った。
7時頃には明るくなり、池の平高速4人乗りリフトも動き始める。その上はどこも圧雪していない。まずシリウスコースに行く。フカフカモコモコの雪で、急斜面を直滑降に近いスタイルで滑り降りる。楽しい!続いてペルセウスコース。まだほとんどシュプールのない斜面を切り拓いていく。楽しいなぁ。普通に滑ると滑って行かないので、かなり重心を後ろにして後傾気味にして板の先端を浮かせながら滑った。新しいスキーを買ってからふかふかのところを滑るのは初めて。楽しいなぁ。その後、レグルスコースを2度程滑る。パウダーに案外アズマさんが手こずっていた。スキーとボードを比べると、ボードの方が滑走面の面積が大きいのでよく浮いてスピードも出ている。ただ、こけたり、減速してそのまま深雪にはまってしまうと、ストックもないのでなかなか脱出できずにもがいている。僕も一度足がずっぽりと雪面にはまってしまったのだが、それを抜き取るのは一苦労だった。パウダーと言っても上越の湿雪のパウダーはどこか重みのあるパウダー。思い返せば初めての雪山は湿雪が降りしきる上越巻機山だった。この雪の感触は、上越の地にいるということを、ひしひしと感じさせてくれるものだった。
8:30のリフト券のリミットが迫る中、最大傾斜40度のヘラクレスコース、そしてペルセウスコースを再び行く。ヘラクレスコースはかなり急だったけど、こちらも雪に埋まりながら進むので40度のところでも下を向いてターンを簡単にこなせるのが楽しい。あっという間に8:30を過ぎて、最後はベガコースで下山する。楽しかった。
駐車場に戻り、一晩ですっかり雪に埋もれてしまった車を掘り出していると、大きな音がした。すぐ近くで接触事故が起きていた。後ろを見ずにバックして、停まっていた車にぶつかったみたい。可哀想に。ロッカールームで着替えて帰京の準備。車に戻る途中、4〜5名の若者のレンタカーがタイヤがスリップして動けなくなっていたので脱出に向けて加勢する。タイヤは大分硬くなっていた。これだと用をなさないと思う。どこのレンタカーか知らないけど、酷いところもあるもんだ。いろいろ試しているうちに無事脱出。よかったよかった。
雪降り続く中、帰路につく。関越トンネルを越えると雪景色ではあったが、雪は止んだ。先に進むにつれて晴天が広がる。「国境のトンネルを抜けると、そこは雪国だった」のフレーズは、この地の気候の雰囲気を本当によく伝えているものだと思う。
家まで送ってもらって、解散。雪が降りしきり、寒かったけど、雪質も良く、楽しいスキーとなった。アズマさんありがとう。神立高原スキー場は素敵なところでした。また訪れたいな、と思う。
帰宅してからは、最近忙しくし続けている相方の応援活動に従事する。
夕方は、大学時代の部活の同期と新年会。卒部して早10年近くが経つ。同じ時を過ごしたみんなが、それぞれの生き方の中で、何か変わってしまっているような、でも全く変わっていないような。そんな気持ちを抱きながらひとときを過ごす。また是非一緒に山に行きたいな、と思う。
週末が終わった。来週は一つの山場。何がどうなるかなんて全くわからないけど、やれることをやれるかぎりやっていきたいと思う。