休日

今朝、21年ぶりに車にひかれた。飛ばされた、という方が適切かもしれない。
21年前は、Jリーグ開幕の日(1993年5月15日)のことだった。中学校の帰り道、学校から300mほど離れた所で、対向車を避けるために(僕から見て)右側に極端に寄ってきた車に左腕を当てられて、そのまま後ろに1.5mほど飛ばされたのを覚えている。運転手の若いお兄さんに大丈夫か、と声をかけられたが、その時は大丈夫だった気がしたので、大丈夫です、と答えると、若いお兄さんはそのままさっさと逃げてしまった。夜になって腕が痛んだが、ただ幸いにしてそれ以上の怪我はなかった。

それから21年。モントリオールに戻ってきて最初の週末の今日、コーヒー豆を買い足そうと、自転車に乗って7月にも訪れたエスプレッソ・マリに向かう途中のことだった。天気はいい。寒くはなったが、自転車で走るのに気持ちがいい日だった。目立つように黄色の蛍光色に近い色のジャケットを着て軽快にペダルをこいでいた。およそ一ヶ月ぶりに乗る自転車に気持ちが高揚し、自転車のことをいろいろ考えながら先へと進んでいた。
それは、信号のない交差点だった。

一旦停止して、左から右へと進む手前の車線の車の通過後に先へと進む。十分気をつけていたつもりだった。でも、手前の車線を過ぎた後、死角になっていたその先の車線に車がいた。見えていなかった紺色のシボレーのセダンだった。気がつけばすぐ側にいてスピードが速い。やられた、そう思った。
自転車を急停車できないまま、その先へと進んだ。向かってくる車の真正面にいる恐怖感。ただこぎ出したこちらの速度が少し速かったことが幸いだったのかもしれない。やばいっ...という感情の裏で、思ったよりも先へと体が進んでいて体への車の直撃を避けられた安堵感を一瞬感じた気がした。でもぶつかるのは避けられない、と思うか否かの瞬間に、そのまま車が自転車の後輪部分にぶつかって、吹っ飛んだ。
吹っ飛びつつ、案外冷静な自分がいた。やってしまった...そう思った。なぜ見えていなかったのだろうかとも思った。止まって確認している最中(10秒程)は左方向に向かう車は皆無で、全然こちらの車はいないなぁと思ったのを覚えている。
衝撃を受けて地面に投げ出されて倒れる。どんな体勢で落ちたのかは覚えていない。ただ、1m以上は飛んだ気がする。でも、それら全ては一瞬のことでぶつかった後の詳細はよく覚えていない。ただ、幸いなことに、右脛を打ち付けただけで済んだようだった。
ぶつかった車のすぐ後ろにいた車に乗っていた小さなお子さんを二人連れた夫婦が車から降りてきて、大丈夫か、と面倒を見てくれた。幸いにして大丈夫です、僕は大丈夫です、そう何度も話をした。話をしながら、こういった場面での英語のボキャブラリーが全然足りていないことに気がついた。
ぶつかった車の運転手はおばあさんだった。怯えていた。そして、見えなかったんだ、飛び出してきたんだ、と繰り返されていた。「見てわかる通り、ここには自転車通路があるので、あなたが十分気をつけないといけない場所なんだよ、見なさいこの自転車のラインを」とおばあさんを一生懸命諭してくれたのが夫婦の方々だった。ここで支えてくれて気持ちが随分と楽になった。面倒を見てくれて本当にありがとうございました。
自転車を見ると、車が直撃したであろう後輪部のキャリアはポッキリと折れていた。またハンドルに付けていた右側のミラーは吹き飛び、ハンドルの一部が擦り切れ、左側のスタンドのネジも飛んでいた。またサドルもぐるりと回転していた。
でも、幸いにしてそれだけだった。駆動系・ブレーキ系・フレームには全然影響がなかった。自転車はこれまで通り問題なく動いた。
おばあさんと話をする。見えなかったんだよ、としょんぼりとしていた。すごく神経質になっていた。おばあさんの車をみると、バンパー部分が少し白く擦れたぐらいで、幸いにして凹んだりはしていない。よかった、と素直に思った。
幸いにして僕は右脛を擦ったぐらい、僕は大丈夫です、車は大丈夫ですか、大丈夫そうですね、よかったと話をする。ぶつかられたことよりも、怪我をせずに済んだことに対する感謝から、なにも怒りの感情はなかった。本当にラッキーだった。念のためナンバープレートを控えさせてもらって、別れた。
その直後から、背筋がゾクゾクした。0.2秒ずれていたら、車のバンパーが右足に直撃してポッキリと折れていたかもしれない。ポッキリと折れて吹き飛んだキャリアを見ながらそう思った。
その後、今起きたことを何度も何度も反芻しながら、エスプレッソ・マリに向かった。大事に至らなかったのは本当にラッキーだった。ただ、振り返れば振り返るほど、背筋が凍りついた。気をつけていても事故は起こるときもあるけど、これまで以上に気をつけようと思った。

エスプレッソ・マリでは、コーヒー豆を買い足すと同時に、直火式エスプレッソメーカー(マキネッタ)を一台購入。買ったのはILSAのArt. 92 “OMNIA EXPRESS”というモデル。
帰り道はぼんやりとしていた。Future Shopという大きな電気屋さんで、Garmin社製のポータブルのカーナビを購入した。カーシェアリングの車にはカーナビが付いていないので、これを持っていくつもりだ。

帰宅後は、浴室のひび割れを管理人さんに確認してもらい、来週以降の修理をお願いした。カーナビの地図データをダウンロードしてカーナビに転送し、最新版の地図とした。近くのDIYショップに行って窓につける温度計を買ってきた。
でも、どこか心の中はドキドキしていた。時差ぼけもまだ完全には解消されていない。外は雨に変わった。何もやる気が起きないのだけど、せめて洗濯ぐらいはしようと思って、洗濯物をマンションの最上階にあるコインランドリーに持って行った。現在乾燥機で乾燥中。

今朝は明けてくる街並みを見ながら、その美しさに見とれていた。

その3時間後に一瞬の闇があった。でも、本当の闇ではなくて、ラッキーなことに自転車のパーツがいくつか吹っ飛んだぐらいで済んだ。おばあさんの車の被害も最小限だった。幸運だった。

気をつけていてもぶつけられるときもある。気をつけていたけど、どこかで慢心があったのかもしれない。怪我して損をするのは自分自身だ。今回は幸運に救われたけど、大いに反省して、これまで以上に気をつけよう、あらためてそう思ったひとときだった。